善徳女王 33話#1 徳業日新 網羅四方
『ソヨ…プ…ト…ソン 意味は違うが発音は“ソヨプ刀”です
ソヨプ刀を見ろということ?』
徳曼(トンマン)は ソヨプ刀の柄の部分を見てみる
一緒に覗き込むキム・ユシン
『何があるのでしょう』
『ここに文字が刻まれています』
肉眼でやっと文字だと分かるほど 細かく刻まれた文字
徳曼(トンマン)は 火珠(ファジュ)をあてて読んでみる
※火珠(ファジュ):当時の虫眼鏡
『“徳” “業” “日新” “網羅” “四方”』
『徳業日新(とくぎょうにっしん) 網羅四方(もうらしほう)?』
『国の大業を日々新たにし…』
『四方を網羅せよ』
『そうです 徳業日新の “新”と』
『網羅四方の “羅”が』
『新羅(シルラ)という国号の3つ目の意味です!』
『どういう意味かしら?』
※新羅(シルラ):朝鮮半島南東部から発展し 後に三国を統一
ユシンは徳曼(トンマン)から火珠(ファジュ)を取り上げ
他の部分も丹念に見てみる
『“三” “韓” “一” “統”?』
『“徳業日新(とくぎょうにっしん)網羅四方(もうらしほう)”の意味は…
“三韓一統(さんかんいっとう)”です!』
※三韓一統:高句麗(コグリョ)百済(ペクチェ)新羅(シルラ)の三国統一
『2つ目の比才(ピジェ)は 新羅(シルラ)という国号が持つ3つの意味だ
突き止めた者は?』
比才(ピジェ):腕比べ
ムンノの問いかけに答える花郎(ファラン)は1人もいない
『いないのか?』
『申し訳ありません 2つしか分かりませんでした』
『そなたは?』
『私もです』
『3つ目は誰も分からないのか!』
ムンノの苛立ちに ミシルが発言する
『残念ながら 誰も正解者がいないようです』
その時 キム・ユシンが高らかにその答えを言い放った
『“徳業日新 網羅四方” です
徳業日新の “新” と 網羅四方の “羅” です』
ムンノもさすがに驚きの表情になり ミシルの表情は凍りつく
『正解だ その通りだ! ではその意味は?』
『国の大業を日々新たにし 四方を網羅することです』
『では そこに隠された意味は?』
そこでキム・ユシンは 急に口が重くなる
『本当の意味は何だ?』
『……』
『答えなさい!』
睨みつけるミシル
ユシンは 挑むように正面からムンノを見つめた
『別の意味があるとは思いませんでした
“徳業日新 網羅四方” それだけでも 立派な意味だと思います』
一瞬 ムンノは失望の色を隠しきれなかったが…
『確かに… 立派だ
今までの風月主比才(プンウォルチュピジェ)は 武術に重きを置いてきた
花郎(ファラン)の創始者チヌン大帝の深いお考えを再認識するため
この問題を出した ユシン郎(ラン)のおかげで皆も分かっただろう』
※風月主(プンウォルチュ):花郎(ファラン)の首長
※花郎(ファラン):美しく文武両道に秀でた青年の精鋭集団
『10日後の武術比才(ピジェ)にも 花郎(ファラン)の使命を胸に刻んで臨め』
『はい!』
『2つ目の比才(ピジェ)は ユシン郎(ラン)の勝利だ』
勝負の結果を聞き 徳曼(トンマン)は口元に笑みを浮かべる
ミシルはまったくの無表情を貫き通した
自分のことのように 自慢げに胸を張っている龍華香徒(ヨンファヒャンド)を
サンタクが呼び止める
『おいおいおい!!!』
『何だ何だ何だ?!!!』
『“徳業日新 網羅四方” って何だ?』
『何も知らないのか?バカな奴だな 無知でかわいそうなサンタクよ!
文字通り “徳業日新 網羅四方” だ 網羅っていうのは文字通り
網で周りの物を捕らえよという意味だ!俺が当てたんだぞ すごいだろ?』
『知ったかぶりして偉そうな口を!』
『俺は物知りなんだ 文句あるか!』
『この野郎!!!』
いつものように サンタクと竹方(チュクパン)がいがみ合い 高島(コド)が…
『落ち着けよ!とにかくユシン郎(ラン)が勝ったんだ』
『そのとおりだ!』
『今は同点だが 武術でユシン郎(ラン)が勝てば
風月主(プンウォルチュ)になる』
『ユシン郎(ラン)が風月主(プンウォルチュ)だーーーっ!!!』
『風月主(プンウォルチュ)だと?武術のことなど何も知らぬくせに!
ユシン郎(ラン)は棒を持って“1000021回”と数えるしか能がないだろ』
『水を差すようなことを言うな』
『お前は火消しか?』
言われている意味が分からず サンタクは不思議そうな表情で黙り込む
『ワーーッハッハ 意味が分からないか?文字通り!
火消しは水をかけて火を消す人だ この程度のことも分からないのか?』
『人をバカにしやがって!!!何様のつもりだ?』
『この野郎 バカにしやがって!!!』
今にも掴み合いになるサンタクと竹方(チュクパン)
すると向こうから…
『あ 王女様!ユシン郎(ラン)が勝ってうれしいでしょう?』
『ええ』
『ところで なぜ俺に敬語を使うのです?』
『本当は一緒にはしゃぎたいけど 我慢しています』
『王女様!』
そんな徳曼(トンマン)をたしなめるのは昭火(ソファ)
『まあまあ いいじゃないですか 王女様とはとても仲がいいんです』
『でも いけません』
『ところで… 話せるようになって きれいになりましたね とてもうれしいです』
誰も答えてはいけない問題に答え ユシンの勝利になったことで
ミシルの執務室には 重苦しい空気が漂う
『ユシン郎(ラン)は最初から気に食わなかった』
『ところで 国仙(ククソン)は何か不満があるようですね』
※国仙(ククソン):花郎(ファラン)の総指導者
『本当の意味を知らないのでしょう 正解にしてあげただけでは?』
『国仙(ククソン)は生真面目な性格だから そういうことはできまい』
美生(ミセン)と夏宗(ハジョン)のやりとりに口を挟み
世宗(セジョン)がミシルに質問する
『本当の答えは知らないようでしたか?』
『いいえ 徳曼(トンマン)王女とユシンは知っています』
『では なぜ言わなかったのですか』
驚いて聞く美生(ミセン)に ミシルが吐き出すように答える
『知っていても口に出せないと言ったでしょう!』
『そ…そうですか』
『またもや 訳が分からないことか』
(徳曼(トンマン)を指導するつもりなのか ムンノは何を考えているのだ)
徳曼(トンマン)はムンノを訪ね 毗曇(ピダム)が同席している
『何のご用でしょう?』
『“徳業日新 網羅四方”について お話があります』
同じ時 キム・ユシンは父ソヒョンのもとへ…
『何だと?意味を知っている?』
『はい』
『では なぜ言わなかったのだ?』
『言えませんでした』
『どうして?何なのです?』
同席している万明(マンミョン)夫人が聞く
徳曼(トンマン)もまた ムンノに詰め寄る
『そのせいですか?私が王になるのを反対する理由です
私は新羅(シルラ)の王として 大業を成し得ないと?』
『はい』
『私が女だからですか』
『失礼ですが そのとおりです』
『女性の能力を認めないとおっしゃるのですか』
『そうではありません ミシルを見る限り女性の能力は見下せません』
『では なぜ?』
『大業を成すための何かをお持ちですか?』
ムンノの質問に 徳曼(トンマン)は少し考えてから 挑むように答えた
『大業を成すために役立つ 個人的な野望があります』
『大業に 個人の野望がどう関係あるのですか?』
『それなら なぜ新羅(シルラ)は大業を夢見るのですか
チヌン大帝は亡くなる寸前まで 新羅(シルラ)の未来を思うと
冷や汗が流れるとおっしゃっていた
弱小国の新羅(シルラ)が滅びないか 心配だったのでは?』
徳曼(トンマン)の発言に ムンノが反応した
『ミシルは 個人の野望と新羅(シルラ)の大業を一致させることができません
生まれた時から大業を成す宿命を背負う 聖骨(ソンゴル)ではないから』
※聖骨(ソンゴル):父母共に王族である新羅(シルラ)の身分制度の最高位
『私は聖骨(ソンゴル)です でもそれは何でもないことです
大業を成し遂げるための1つ目の道具に過ぎません
まずムンノ公が考えるべきことは
今の時代が望むのは何なのかということです
王権の強化ですか?貴族勢力の強化ですか?』
『もちろん王権の強化です しかし女王は認めません』
キム・ユシンもまた 父ソヒョンと話し合う
『鶏の頭と龍の爪なら 龍の爪を選ぶべきです』
『脇役に徹するべきだと?仇亥(クヘ)王がそうしたようにか?』
※仇亥(クヘ)王:金官伽耶(クムグァンガヤ)の最後の王 ユシンの曽祖父
『はい 貴族からの反抗に耐え 彼らの上に立ち
王になる誘惑を断って 王に従うべきなのです』
『でも お前が仕えているのは王女様よ 婿になれば王にもなれる』
『それはいけません 伽耶出身の私が王になれば
新羅(シルラ)の貴族はミシル側につき 反乱を起こすでしょう
伽耶出身の者たちと 新羅(シルラ)の者たちで内戦に
父上 自分の命は懸けられても伽耶遺民の命を懸けることはできません
脇役に徹して 王女様を王にするのが 伽耶にとって最善の道です』
※伽耶:6世紀半ばに滅亡 朝鮮半島南部にあった国
徳曼(トンマン)の考えをすべて聞いたムンノは 諭すような口調で聞く
『王女様 これまで女王がいないのは なぜだと?
訥祇(ヌルチ)王が父子相続を定着させたのは
王室での権力争いを防ぐためです』
※訥祇(ヌルチ)王:新羅(シルラ)第19代王
『王室内の権力争い自体が 王権の衰退を意味します
もし女性が王になれば 婿の座を狙う権力争いが激しくなります
それ以前に 女性が王になるだけでも貴族は反発するでしょう
民に至っては理解すらできないでしょう 暦本を公開するための
瞻星台(チョムソンデ)で 男の子が欲しいと祈るような民なのです』
※瞻星台(チョムソンデ):東洋最古の天文台
『そのような紛争と分裂を解決し 大業を成し遂げると?
それが可能なら 王女様がするまでもありません
稀に見る偉大な女性の政治家 ミシルがやるべきです』
『ミシルにはできません』
『なぜです 聖骨(ソンゴル)ではないからですか』
『いいえ 夢がないからです ミシルは王になる能力はあっても
なろうとは思わないため その地位は手に入りません
夢を持つ者だけが 計画を立てて方法を見つけるのです
民や貴族の紛争や分裂を どう解決するか
私が王になるのをムンノ公が反対する 3つの理由を活用します
1つ目は “怒り” です 苦しんできた民の怒りを 私の怒りで鎮めます
2つ目は 聖骨(ソンゴル)という身分で貴族を制します
3つ目は…
ムンノ公のおかげです 2つ目の比才(ピジェ)によって方法をみつけました』
『何ですか?』
『私と同じく新羅(シルラ)にも 不可能な夢を持たせるのです』
『一体 どうやって?』
『ミシルならきっと “天神の王女や日食や神殿よりも狡猾だ” と
そう言うでしょう 幻想を利用します』
じっと話を聞いていた毗曇(ピダム)が ムンノよりもその答えをほしがった
ムンノもまた 徳曼(トンマン)の話に いつの間にか引き込まれていた
『何なんだ?』
『それは何ですか?』
『希望です
新羅(シルラ)人 武士 そして花郎(ファラン)ならば
胸がいっぱいになり すべてを懸けてしまうような…
ムンノ公は 私には成し得ないとおっしゃいました
その新羅(シルラ)の不可能な夢は “希望” です』
徳曼(トンマン)の答えに ムンノは困惑を見せる
逆に毗曇(ピダム)の表情には 歓喜に至る笑みが…
ユシンもまた 両親への話が結論に向かっていた
『三韓一統 それだけが私と伽耶 王女様と新羅(シルラ) 皆が生きる道です』
徳曼(トンマン)もまた ムンノへのすべての答えを その一語に託す
『三韓一統という希望を 私や貴族そして民たちが 共有できるようにします
統一した広い領土で今よりも豊かに暮らせる そんな希望です
それが “徳業日新 網羅四方” の本当の意味では?』
両親にすべてを告げたキム・ユシンは 固く心に誓う
(必ず… 必ず風月主(プンウォルチュ)になってみせる!)
龍華香徒(ヨンファヒャンド) 竹方(チュクパン)の心には
最近 芽生えるものがあった
道行く先に昭火(ソファ)の姿が見えると なぜか胸が高鳴るのだった
今も ムンノの執務室の前に立っている昭火(ソファ)に見惚れて…
『見れば見るほど素敵だ…』
そんな竹方(チュクパン)に 郎徒(ナンド)たちは
『王女様の乳母だぞ 変なことは考えるな』
『今までと何かが違うぞ』
『違うって何が?』
『今までは 女性を見るとこんなふうに… 口を突き出して手を出していた』
『スケベだな』
『おい ちょっと見ろよ バカみたいだ』
すると 意を決して昭火(ソファ)の方へ歩いて行く竹方(チュクパン)
『あの…』
『何でしょうか?』
『あの 何というか…』
『王女様ですか?』
『いいえ そうじゃなくて…』
『今はムンノ公とお話しされています』
『そうですか 実はその…』
するとそこへチルスクが現れ 竹方(チュクパン)は恐縮し
昭火(ソファ)は途端に おどおどし始める
『何でしょうか』
『比才(ピジェ)の件で ムンノ公にお話がある』
『今は…王女様とお話し中です』
『そうか』
諦めようとした時 徳曼(トンマン)が出てきた
チルスクと昭火(ソファ)の前に立つ徳曼(トンマン)
『寝殿へ向かいますか』
『姉上の位牌堂に行きます』
『はい』
徳曼(トンマン)は 姉天明(チョンミョン)の肖像画に話しかける
『姉上 会いたいわ 本当に… できることなの? 私にできるかしら』
一方 師匠ムンノと徳曼(トンマン)の話を聞いた毗曇(ピダム)は
ムンノの他には 自分にしか知り得ないことについて 考えを巡らせていた
(三韓一統… では師匠が準備していたのは…)
それはまだ 幼い毗曇(ピダム)がムンノに連れられ旅をしている時のことだ
「何のために歩き回っているのですか」
「知りたいか?」
「はい なぜ危険を冒してまで
高句麗(コグリョ)や百済(ペクチェ)まで行くのです?」
※高句麗(コグリョ):三国時代に 朝鮮半島北部で栄えた国
※百済(ペクチェ):三国時代に 朝鮮半島南西部にあった国
「今は誰にも言えないが これはお前のためなのだ」
「私のためですか?」
「そうだ お前は今まで通り 修練や勉学に励みなさい
お前が成す大業のために 一生懸命準備している」
「では すべて私のものですか?!」
「ああ そうだ」
「ではこれも 全部私のものですね」
毗曇(ピダム)は ムンノが抱えている荷物を指す
「そうだ 論語の一節は覚えたか」
「“衆これを悪(にく)むも必ず察し 衆これを好むも必ず察す”」
「意味は?」
「民が嫌うことも必ず観察し 民が好むことも必ず観察する」
「正解だ」
「“人能(よ)く道を弘(ひろ)む 道 人を弘(ひろ)むに非(あら)ず”
人が道を広める 道が人を広めるのではない」
「そうだ!」
ある日 毗曇(ピダム)は滞在している宿に1人戻った
「師匠はまだですか?」
「まだ来ていないわ ご飯は?」
「師匠が戻ったら一緒に食べます」
「待ちなさい どこへ?」
「便所です」
「ここに荷物を置いて行きなさい」
「大事なものだから持っていきます」
大事なものと聞き そばにいた男たちが
毗曇(ピダム)の抱えている荷物を奪おうとする
それは 師匠ムンノから預かった あの荷物だった
「やめてください!」
「さっさと渡せ!」
「ダメです!」
「渡さんか!」
ムンノが宿に戻ると 今度は毗曇(ピダム)がいない
「ピダム1人で悪党の隠れ家へ?」
「大事な物を取り返すから 隠れ家を教えてくれと」
「なぜ子供に教えたのだ!」
「食べ物と交換すると言っていました きっと無事ですよ」
「簡単に交換するとでも?場所を教えてくれ!」
ムンノは まだ幼い毗曇(ピダム)の身を案じて隠れ家へ向かった
しかしそこには おびただしいまでの死体の山と
まだ死にきれずに苦しむ老若男女の姿があった
「毗曇(ピダム)… 毗曇(ピダム)!」
毗曇(ピダム)は死体の中で 意識を失っていたのではなく 眠っていた…
「毗曇(ピダム!)」
「あ 師匠」
「そうだ 大丈夫なのか?ケガは?」
「私が全員 殺しました! エヘヘ…」
「……何だと?」
「草烏(そうう)を使って毒殺しました」
※草烏(そうう):猛毒 トリカブトの根
「誰にも見せてはいけないのでしょう?」
今はムンノの そして後には自分のものになる大事な書物
それを大事そうに抱えた毗曇(ピダム)
恐ろしいことをしたという認識はなく 手柄でも立てたように楽しげに笑っている
「本当にお前が… 全員殺したのか?」
「私を殴って 荷物を奪った悪い奴らです しかも見てはいけない物を見たし…
だから皆殺しにしました ウフフ…」
「……」
「食べ物を持っていったら 毒入りとも知らず喜んで食べたのです」
毗曇(ピダム)が取り戻した書物
それは 三韓地勢だった
※三韓地勢(さんかんちせい):三国の地理を記録した地図
ムンノが隠れ家に来る前 取り戻した書物を開き 中を見る毗曇(ピダム)
まだ幼い毗曇(ピダム)だったが それが自分のものになるという意味を理解し
残虐性を秘めた目を光らせ 狂ったように笑い出すのだった
ソヨプ刀を見ろということ?』
徳曼(トンマン)は ソヨプ刀の柄の部分を見てみる
一緒に覗き込むキム・ユシン
『何があるのでしょう』
『ここに文字が刻まれています』
肉眼でやっと文字だと分かるほど 細かく刻まれた文字
徳曼(トンマン)は 火珠(ファジュ)をあてて読んでみる
※火珠(ファジュ):当時の虫眼鏡
『“徳” “業” “日新” “網羅” “四方”』
『徳業日新(とくぎょうにっしん) 網羅四方(もうらしほう)?』
『国の大業を日々新たにし…』
『四方を網羅せよ』
『そうです 徳業日新の “新”と』
『網羅四方の “羅”が』
『新羅(シルラ)という国号の3つ目の意味です!』
『どういう意味かしら?』
※新羅(シルラ):朝鮮半島南東部から発展し 後に三国を統一
ユシンは徳曼(トンマン)から火珠(ファジュ)を取り上げ
他の部分も丹念に見てみる
『“三” “韓” “一” “統”?』
『“徳業日新(とくぎょうにっしん)網羅四方(もうらしほう)”の意味は…
“三韓一統(さんかんいっとう)”です!』
※三韓一統:高句麗(コグリョ)百済(ペクチェ)新羅(シルラ)の三国統一
『2つ目の比才(ピジェ)は 新羅(シルラ)という国号が持つ3つの意味だ
突き止めた者は?』
比才(ピジェ):腕比べ
ムンノの問いかけに答える花郎(ファラン)は1人もいない
『いないのか?』
『申し訳ありません 2つしか分かりませんでした』
『そなたは?』
『私もです』
『3つ目は誰も分からないのか!』
ムンノの苛立ちに ミシルが発言する
『残念ながら 誰も正解者がいないようです』
その時 キム・ユシンが高らかにその答えを言い放った
『“徳業日新 網羅四方” です
徳業日新の “新” と 網羅四方の “羅” です』
ムンノもさすがに驚きの表情になり ミシルの表情は凍りつく
『正解だ その通りだ! ではその意味は?』
『国の大業を日々新たにし 四方を網羅することです』
『では そこに隠された意味は?』
そこでキム・ユシンは 急に口が重くなる
『本当の意味は何だ?』
『……』
『答えなさい!』
睨みつけるミシル
ユシンは 挑むように正面からムンノを見つめた
『別の意味があるとは思いませんでした
“徳業日新 網羅四方” それだけでも 立派な意味だと思います』
一瞬 ムンノは失望の色を隠しきれなかったが…
『確かに… 立派だ
今までの風月主比才(プンウォルチュピジェ)は 武術に重きを置いてきた
花郎(ファラン)の創始者チヌン大帝の深いお考えを再認識するため
この問題を出した ユシン郎(ラン)のおかげで皆も分かっただろう』
※風月主(プンウォルチュ):花郎(ファラン)の首長
※花郎(ファラン):美しく文武両道に秀でた青年の精鋭集団
『10日後の武術比才(ピジェ)にも 花郎(ファラン)の使命を胸に刻んで臨め』
『はい!』
『2つ目の比才(ピジェ)は ユシン郎(ラン)の勝利だ』
勝負の結果を聞き 徳曼(トンマン)は口元に笑みを浮かべる
ミシルはまったくの無表情を貫き通した
自分のことのように 自慢げに胸を張っている龍華香徒(ヨンファヒャンド)を
サンタクが呼び止める
『おいおいおい!!!』
『何だ何だ何だ?!!!』
『“徳業日新 網羅四方” って何だ?』
『何も知らないのか?バカな奴だな 無知でかわいそうなサンタクよ!
文字通り “徳業日新 網羅四方” だ 網羅っていうのは文字通り
網で周りの物を捕らえよという意味だ!俺が当てたんだぞ すごいだろ?』
『知ったかぶりして偉そうな口を!』
『俺は物知りなんだ 文句あるか!』
『この野郎!!!』
いつものように サンタクと竹方(チュクパン)がいがみ合い 高島(コド)が…
『落ち着けよ!とにかくユシン郎(ラン)が勝ったんだ』
『そのとおりだ!』
『今は同点だが 武術でユシン郎(ラン)が勝てば
風月主(プンウォルチュ)になる』
『ユシン郎(ラン)が風月主(プンウォルチュ)だーーーっ!!!』
『風月主(プンウォルチュ)だと?武術のことなど何も知らぬくせに!
ユシン郎(ラン)は棒を持って“1000021回”と数えるしか能がないだろ』
『水を差すようなことを言うな』
『お前は火消しか?』
言われている意味が分からず サンタクは不思議そうな表情で黙り込む
『ワーーッハッハ 意味が分からないか?文字通り!
火消しは水をかけて火を消す人だ この程度のことも分からないのか?』
『人をバカにしやがって!!!何様のつもりだ?』
『この野郎 バカにしやがって!!!』
今にも掴み合いになるサンタクと竹方(チュクパン)
すると向こうから…
『あ 王女様!ユシン郎(ラン)が勝ってうれしいでしょう?』
『ええ』
『ところで なぜ俺に敬語を使うのです?』
『本当は一緒にはしゃぎたいけど 我慢しています』
『王女様!』
そんな徳曼(トンマン)をたしなめるのは昭火(ソファ)
『まあまあ いいじゃないですか 王女様とはとても仲がいいんです』
『でも いけません』
『ところで… 話せるようになって きれいになりましたね とてもうれしいです』
誰も答えてはいけない問題に答え ユシンの勝利になったことで
ミシルの執務室には 重苦しい空気が漂う
『ユシン郎(ラン)は最初から気に食わなかった』
『ところで 国仙(ククソン)は何か不満があるようですね』
※国仙(ククソン):花郎(ファラン)の総指導者
『本当の意味を知らないのでしょう 正解にしてあげただけでは?』
『国仙(ククソン)は生真面目な性格だから そういうことはできまい』
美生(ミセン)と夏宗(ハジョン)のやりとりに口を挟み
世宗(セジョン)がミシルに質問する
『本当の答えは知らないようでしたか?』
『いいえ 徳曼(トンマン)王女とユシンは知っています』
『では なぜ言わなかったのですか』
驚いて聞く美生(ミセン)に ミシルが吐き出すように答える
『知っていても口に出せないと言ったでしょう!』
『そ…そうですか』
『またもや 訳が分からないことか』
(徳曼(トンマン)を指導するつもりなのか ムンノは何を考えているのだ)
徳曼(トンマン)はムンノを訪ね 毗曇(ピダム)が同席している
『何のご用でしょう?』
『“徳業日新 網羅四方”について お話があります』
同じ時 キム・ユシンは父ソヒョンのもとへ…
『何だと?意味を知っている?』
『はい』
『では なぜ言わなかったのだ?』
『言えませんでした』
『どうして?何なのです?』
同席している万明(マンミョン)夫人が聞く
徳曼(トンマン)もまた ムンノに詰め寄る
『そのせいですか?私が王になるのを反対する理由です
私は新羅(シルラ)の王として 大業を成し得ないと?』
『はい』
『私が女だからですか』
『失礼ですが そのとおりです』
『女性の能力を認めないとおっしゃるのですか』
『そうではありません ミシルを見る限り女性の能力は見下せません』
『では なぜ?』
『大業を成すための何かをお持ちですか?』
ムンノの質問に 徳曼(トンマン)は少し考えてから 挑むように答えた
『大業を成すために役立つ 個人的な野望があります』
『大業に 個人の野望がどう関係あるのですか?』
『それなら なぜ新羅(シルラ)は大業を夢見るのですか
チヌン大帝は亡くなる寸前まで 新羅(シルラ)の未来を思うと
冷や汗が流れるとおっしゃっていた
弱小国の新羅(シルラ)が滅びないか 心配だったのでは?』
徳曼(トンマン)の発言に ムンノが反応した
『ミシルは 個人の野望と新羅(シルラ)の大業を一致させることができません
生まれた時から大業を成す宿命を背負う 聖骨(ソンゴル)ではないから』
※聖骨(ソンゴル):父母共に王族である新羅(シルラ)の身分制度の最高位
『私は聖骨(ソンゴル)です でもそれは何でもないことです
大業を成し遂げるための1つ目の道具に過ぎません
まずムンノ公が考えるべきことは
今の時代が望むのは何なのかということです
王権の強化ですか?貴族勢力の強化ですか?』
『もちろん王権の強化です しかし女王は認めません』
キム・ユシンもまた 父ソヒョンと話し合う
『鶏の頭と龍の爪なら 龍の爪を選ぶべきです』
『脇役に徹するべきだと?仇亥(クヘ)王がそうしたようにか?』
※仇亥(クヘ)王:金官伽耶(クムグァンガヤ)の最後の王 ユシンの曽祖父
『はい 貴族からの反抗に耐え 彼らの上に立ち
王になる誘惑を断って 王に従うべきなのです』
『でも お前が仕えているのは王女様よ 婿になれば王にもなれる』
『それはいけません 伽耶出身の私が王になれば
新羅(シルラ)の貴族はミシル側につき 反乱を起こすでしょう
伽耶出身の者たちと 新羅(シルラ)の者たちで内戦に
父上 自分の命は懸けられても伽耶遺民の命を懸けることはできません
脇役に徹して 王女様を王にするのが 伽耶にとって最善の道です』
※伽耶:6世紀半ばに滅亡 朝鮮半島南部にあった国
徳曼(トンマン)の考えをすべて聞いたムンノは 諭すような口調で聞く
『王女様 これまで女王がいないのは なぜだと?
訥祇(ヌルチ)王が父子相続を定着させたのは
王室での権力争いを防ぐためです』
※訥祇(ヌルチ)王:新羅(シルラ)第19代王
『王室内の権力争い自体が 王権の衰退を意味します
もし女性が王になれば 婿の座を狙う権力争いが激しくなります
それ以前に 女性が王になるだけでも貴族は反発するでしょう
民に至っては理解すらできないでしょう 暦本を公開するための
瞻星台(チョムソンデ)で 男の子が欲しいと祈るような民なのです』
※瞻星台(チョムソンデ):東洋最古の天文台
『そのような紛争と分裂を解決し 大業を成し遂げると?
それが可能なら 王女様がするまでもありません
稀に見る偉大な女性の政治家 ミシルがやるべきです』
『ミシルにはできません』
『なぜです 聖骨(ソンゴル)ではないからですか』
『いいえ 夢がないからです ミシルは王になる能力はあっても
なろうとは思わないため その地位は手に入りません
夢を持つ者だけが 計画を立てて方法を見つけるのです
民や貴族の紛争や分裂を どう解決するか
私が王になるのをムンノ公が反対する 3つの理由を活用します
1つ目は “怒り” です 苦しんできた民の怒りを 私の怒りで鎮めます
2つ目は 聖骨(ソンゴル)という身分で貴族を制します
3つ目は…
ムンノ公のおかげです 2つ目の比才(ピジェ)によって方法をみつけました』
『何ですか?』
『私と同じく新羅(シルラ)にも 不可能な夢を持たせるのです』
『一体 どうやって?』
『ミシルならきっと “天神の王女や日食や神殿よりも狡猾だ” と
そう言うでしょう 幻想を利用します』
じっと話を聞いていた毗曇(ピダム)が ムンノよりもその答えをほしがった
ムンノもまた 徳曼(トンマン)の話に いつの間にか引き込まれていた
『何なんだ?』
『それは何ですか?』
『希望です
新羅(シルラ)人 武士 そして花郎(ファラン)ならば
胸がいっぱいになり すべてを懸けてしまうような…
ムンノ公は 私には成し得ないとおっしゃいました
その新羅(シルラ)の不可能な夢は “希望” です』
徳曼(トンマン)の答えに ムンノは困惑を見せる
逆に毗曇(ピダム)の表情には 歓喜に至る笑みが…
ユシンもまた 両親への話が結論に向かっていた
『三韓一統 それだけが私と伽耶 王女様と新羅(シルラ) 皆が生きる道です』
徳曼(トンマン)もまた ムンノへのすべての答えを その一語に託す
『三韓一統という希望を 私や貴族そして民たちが 共有できるようにします
統一した広い領土で今よりも豊かに暮らせる そんな希望です
それが “徳業日新 網羅四方” の本当の意味では?』
両親にすべてを告げたキム・ユシンは 固く心に誓う
(必ず… 必ず風月主(プンウォルチュ)になってみせる!)
龍華香徒(ヨンファヒャンド) 竹方(チュクパン)の心には
最近 芽生えるものがあった
道行く先に昭火(ソファ)の姿が見えると なぜか胸が高鳴るのだった
今も ムンノの執務室の前に立っている昭火(ソファ)に見惚れて…
『見れば見るほど素敵だ…』
そんな竹方(チュクパン)に 郎徒(ナンド)たちは
『王女様の乳母だぞ 変なことは考えるな』
『今までと何かが違うぞ』
『違うって何が?』
『今までは 女性を見るとこんなふうに… 口を突き出して手を出していた』
『スケベだな』
『おい ちょっと見ろよ バカみたいだ』
すると 意を決して昭火(ソファ)の方へ歩いて行く竹方(チュクパン)
『あの…』
『何でしょうか?』
『あの 何というか…』
『王女様ですか?』
『いいえ そうじゃなくて…』
『今はムンノ公とお話しされています』
『そうですか 実はその…』
するとそこへチルスクが現れ 竹方(チュクパン)は恐縮し
昭火(ソファ)は途端に おどおどし始める
『何でしょうか』
『比才(ピジェ)の件で ムンノ公にお話がある』
『今は…王女様とお話し中です』
『そうか』
諦めようとした時 徳曼(トンマン)が出てきた
チルスクと昭火(ソファ)の前に立つ徳曼(トンマン)
『寝殿へ向かいますか』
『姉上の位牌堂に行きます』
『はい』
徳曼(トンマン)は 姉天明(チョンミョン)の肖像画に話しかける
『姉上 会いたいわ 本当に… できることなの? 私にできるかしら』
一方 師匠ムンノと徳曼(トンマン)の話を聞いた毗曇(ピダム)は
ムンノの他には 自分にしか知り得ないことについて 考えを巡らせていた
(三韓一統… では師匠が準備していたのは…)
それはまだ 幼い毗曇(ピダム)がムンノに連れられ旅をしている時のことだ
「何のために歩き回っているのですか」
「知りたいか?」
「はい なぜ危険を冒してまで
高句麗(コグリョ)や百済(ペクチェ)まで行くのです?」
※高句麗(コグリョ):三国時代に 朝鮮半島北部で栄えた国
※百済(ペクチェ):三国時代に 朝鮮半島南西部にあった国
「今は誰にも言えないが これはお前のためなのだ」
「私のためですか?」
「そうだ お前は今まで通り 修練や勉学に励みなさい
お前が成す大業のために 一生懸命準備している」
「では すべて私のものですか?!」
「ああ そうだ」
「ではこれも 全部私のものですね」
毗曇(ピダム)は ムンノが抱えている荷物を指す
「そうだ 論語の一節は覚えたか」
「“衆これを悪(にく)むも必ず察し 衆これを好むも必ず察す”」
「意味は?」
「民が嫌うことも必ず観察し 民が好むことも必ず観察する」
「正解だ」
「“人能(よ)く道を弘(ひろ)む 道 人を弘(ひろ)むに非(あら)ず”
人が道を広める 道が人を広めるのではない」
「そうだ!」
ある日 毗曇(ピダム)は滞在している宿に1人戻った
「師匠はまだですか?」
「まだ来ていないわ ご飯は?」
「師匠が戻ったら一緒に食べます」
「待ちなさい どこへ?」
「便所です」
「ここに荷物を置いて行きなさい」
「大事なものだから持っていきます」
大事なものと聞き そばにいた男たちが
毗曇(ピダム)の抱えている荷物を奪おうとする
それは 師匠ムンノから預かった あの荷物だった
「やめてください!」
「さっさと渡せ!」
「ダメです!」
「渡さんか!」
ムンノが宿に戻ると 今度は毗曇(ピダム)がいない
「ピダム1人で悪党の隠れ家へ?」
「大事な物を取り返すから 隠れ家を教えてくれと」
「なぜ子供に教えたのだ!」
「食べ物と交換すると言っていました きっと無事ですよ」
「簡単に交換するとでも?場所を教えてくれ!」
ムンノは まだ幼い毗曇(ピダム)の身を案じて隠れ家へ向かった
しかしそこには おびただしいまでの死体の山と
まだ死にきれずに苦しむ老若男女の姿があった
「毗曇(ピダム)… 毗曇(ピダム)!」
毗曇(ピダム)は死体の中で 意識を失っていたのではなく 眠っていた…
「毗曇(ピダム!)」
「あ 師匠」
「そうだ 大丈夫なのか?ケガは?」
「私が全員 殺しました! エヘヘ…」
「……何だと?」
「草烏(そうう)を使って毒殺しました」
※草烏(そうう):猛毒 トリカブトの根
「誰にも見せてはいけないのでしょう?」
今はムンノの そして後には自分のものになる大事な書物
それを大事そうに抱えた毗曇(ピダム)
恐ろしいことをしたという認識はなく 手柄でも立てたように楽しげに笑っている
「本当にお前が… 全員殺したのか?」
「私を殴って 荷物を奪った悪い奴らです しかも見てはいけない物を見たし…
だから皆殺しにしました ウフフ…」
「……」
「食べ物を持っていったら 毒入りとも知らず喜んで食べたのです」
毗曇(ピダム)が取り戻した書物
それは 三韓地勢だった
※三韓地勢(さんかんちせい):三国の地理を記録した地図
ムンノが隠れ家に来る前 取り戻した書物を開き 中を見る毗曇(ピダム)
まだ幼い毗曇(ピダム)だったが それが自分のものになるという意味を理解し
残虐性を秘めた目を光らせ 狂ったように笑い出すのだった
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