善徳女王 33話#2 炯宗(ヒョンジョン)
トギル寺を訪ねる毗曇(ピダム)
『何のご用でしょうか』
『師匠に 本を持って来るよう頼まれました』
『あの部屋には… 誰も入れないはずですが』
『師匠は宮殿にいて来られないのです』
『宮殿に?』
『そうです 陛下に献上する本を持ってこいと』
『……ではどうぞ』
毗曇(ピダム)は あの幼い日に大虐殺をしてまで取り戻した本を
久々に手にし 開いてみた
(三韓一統だったのか 師匠は三韓一統のために準備を
俺の物だと言われたよな)
何冊かある三韓地勢の本を 箱の中から取り出すと その奥に何か入っている
赤と青の包みが2つ まずは赤の方を開けてみる
そこには 人明(インミョン)と書かれている
※人明(インミョン):徳曼(トンマン)の本来の名
『人明(インミョン)の生年月日?誰のことだ?』
もう1つ 青い包みの方を開けると“烔宗(ヒョンジョン)”の生年月日だ
※烔宗(ヒョンジョン):毗曇(ピダム)の本来の名
『俺の誕生日だ 烔宗(ヒョンジョン)…誰なんだろう』
しかしすぐにハッとする毗曇(ピダム)
昭火(ソファ)の言っていたことが再びよみがえる
「いけません 誰の息子かお分かりでしょう
毗曇(ピダム)とは絶対 婚姻させたくなかったのです」
珍しくがむしゃらに剣の訓練をする宝宗(ポジョン)
後ろから石品(ソクプム)が…
『何を考えている 伊西(イソ)郡でのことを思い出しているのか』
『……』
『あの時お前は 手をケガしていた』
『……ユシン郎(ラン)に負けたのは ケガのせいではない
手のケガが原因ではない 心構えが間違っていたのだ』
『剣を持つのもやっとだっただろ』
『それは重要ではない 伊西(イソ)郡の私は命懸けではなかった
だが ユシン郎(ラン)は命懸けだった 心構えの時点で… 負けていたのだ
私は初めて命懸けで 比才(ピジェ)に臨むつもりだ』
宝宗(ポジョン)の決意に 石品(ソクプム)も理解してうなずいた
一方 同じく訓練しているキム・ユシンの前に ミシルが現れる
『何でしょうか』
『いよいよ明日ですね』
『何と?』
『言った通りです 油断は禁物ですよ 例えば10対1で戦う場合
1人を相手に10人は真剣に戦いません 命懸けではないのです
しかし10人を相手にする1人は違います その者は命懸けなのです
自分の代わりに戦う者がいないからです
10人は 心構えの時点ですでに負けているのです
人の心とは そういうものです 宝宗(ポジョン)は弱くはありません
手ごわい相手でしょう 絶対に油断してはなりません』
『……なぜ私に忠告なさるのですか』
『つまらぬ試合は見たくないからです
油断してユシン郎(ラン)が負けたら がっかりします
私はいい試合が見たいのです
それに… まだユシン郎(ラン)を敵に回したくありません』
ミシルが去り訓練を続けていると 今度は月夜(ウォルヤ)と雪地(ソルチ)が…
2人は 龍華香徒(ヨンファヒャンド)の郎徒(ナンド)服を身につけている
『ソヒョン公の養子になったおかげで 花郎(ファラン)になれた』
『我々は兄弟だ』
『私も徐羅伐(ソラボル)に入ることができたし
そなたは風月主(プンウォルチュ)になるだろう
伽耶勢力は 大きな力を得る』
※徐羅伐(ソラボル):新羅(シルラ)の首都 現在の慶州(キョンジュ)
『そう言うのはまだ早い』
『野望のある方が 何をおっしゃるのです』
雪地(ソルチ)が諌めるように言い 月夜(ウォルヤ)が…
『そなたは 徳曼(トンマン)王女と婚姻し 王になるつもりだろう』
『それゆえ 王女様が認められるよう尽力したのでは?』
『そんなつもりはない』
『本心は違うだろ とにかくそなたの力になる 伽耶は1つだ』
違うのに…という表情になるユシン
『私でもそなたでも構わない 伽耶の者が王になればいい
亡国の無念を晴らせるならば 協力する
だから 必ず風月主(プンウォルチュ)になれ
そうすれば そなたを決して裏切らない』
2人が去り 再び訓練に集中するユシン
その姿を 離れた場所から徳曼(トンマン)が見守っている
そんな徳曼(トンマン)の背後から 毗曇(ピダム)が…
『勝ちますよ 宝宗(ポジョン)は大したことない きっとユシンが…』
『比才(ピジェ)は乱闘とは違うのだ
宝宗(ポジョン)は比才(ピジェ)で負けたことがない
それに あの2人の腕前では些細なことが勝負を左右する
ユシン郎(ラン)にとっては 初めての比才(ピジェ)だ 簡単ではない
ユシン郎(ラン)に勝ってもらわねば…』
徳曼(トンマン)と毗曇(ピダム)の姿を 後ろからソルォンが見ている
毗曇(ピダム)は徳曼(トンマン)に 摘んできた花を手渡す
『これは?』
『エヘヘ… 今日は誕生日でしょう?来る途中で摘みました
女性はなぜか 花が好きですよね』
『花が好きなのは不思議か?』
『食べたり着たりできないし』
『フフ…ありがとう でも…今日ではない
辛卯(しんぼう)月の丁丑(ていちゅう)日だ』
毗曇(ピダム)は愕然とする
あの赤い包みの中から出てきた
あの人明(インミョン)という人物の生年月日と同じだったからだ
“壬戌(じんじゅつ)年 辛卯(しんぼう)月 丁丑(ていちゅう)日 亥(い)の刻”
『お?今日だと聞いたのにな あぁ!まったく俺ってダメだな アハハ…』
『ずっと男装してきたせいか 自分でも忘れていた
私を女として扱ってくれるのか』
『王女様 俺も勉強したいんです 王室の書庫に入れてください
ユシン郎(ラン)や閼川郎(アルチョンラン)が知識をひけらかすのは腹が立つ』
『分かった』
『今すぐにお願いします』
実は ムンノの教えで学問を納めている毗曇(ピダム)だったが
駄々っ子のように甘え 書庫に入る許可を得る
ヘラヘラと徳曼(トンマン)の後からついて行く毗曇(ピダム)だった
『担当の者に伝えたから 自由に見なさい』
『はい 王女様』
1人になった毗曇(ピダム)は 1つの書物を目がけて探した
“真智(チンジ)帝録
建福元年の七夕に 真智(チンジ)王とミシルに息子が生まれた
名前は烔宗(ヒョンジョン)”
※建福(コンボク):真平(チンピョン)王時代の年号
(真智(チンジ)王とミシルの間に生まれた子 炯宗(ヒョンジョン)…)
毗曇(ピダム)が書庫を出て行くと 尾行していたソルォンが入れ替わりに入り
何を調べていたのかを探る
すると 国史 真智(チンジ)帝録の1冊の向きが違っているのが目についた
書庫を出た毗曇(ピダム)はまっしぐらに ミシルを目指していた
『毗曇(ピダム)といったな ムンノの弟子だったとは』
『はい』
『よく教え込まれている 度胸があって頭もいい』
『セジュ様ほどではありません』
※セジュ:王の印を管理する役職
『私と比べるのか?』
『アハハ… いけなかったかな 師匠には気に入られていません
素行が悪いし 冷酷だと “思いやりがなく平気で人を殺す” と
セジュ様も そうでしょう?』
『それを 自分でも認めるのか? “思いやりがなく平気で人を殺す” と』
『殺してしまって申し訳ないと思うと つい笑ってしまうんです それで冷酷だと』
『……笑うのはやめなさい 口の端を少し上げろ その方が強く見える』
『こんなふうにですか?』
名乗ることもせず 何もせず 毗曇(ピダム)はミシルを見送った
平静を保ちながら執務室に戻ったミシルもまた 思うところがあった
(毗曇(ピダム)… 毗曇(ピダム)とは…)
(ミシルが母親か…)
ムンノの執務室に戻ると ムンノの怒りが絶頂に達していた
『この馬鹿者!!!!!
なぜトギル寺に行き あの箱を開けたのだ!!!!!』
『……私の物だと言われたはずです』
『何だと?!!!!!』
『すべて私のための物だと そうおっしゃいました!
自分の物を見てはいけないのですか』
『この…!』
『私は!!!明日の比才(ピジェ)に出ます』
『お前が比才(ピジェ)に?!!!何を勝手なことを!!!!!
出た場合は 破門にする!』
『私を… 弟子だと認めているのですか』
毗曇(ピダム)は 落ちそうになる涙を必死にこらえている
『弟子でないなら… 破門にはできません あの出来事のせいですか
子供だったのです!』
(だから衝撃的だったのだ どうしていいか分からなかった)
『あれ以来 弟子とはいっても温かく接してくれませんでした
父のように思っていたのに 急に距離を感じました
何が悪かったのか 教えてほしかった
私はただ! 師匠に褒められたかっただけです』
『人殺しをしたのに 私に叱られるのを恐れるだけで
死んだ人への哀れみが 一切なかった』
『それが理由ですか? 師匠はあの時から 私を恐れるようになったのです!
弟子を恐れる師匠だなんて…』
毗曇(ピダム)はもう 涙をこらえなかった
『子供だったのです… 一度くらい抱きしめてほしかった』
『毗曇(ピダム)ーーーっ!!!』
ムンノの執務室を飛び出し 途中の道で子供のように大声で泣いた後
毗曇(ピダム)は 徳曼(トンマン)のいる位牌堂へ向かう
『どうしたのだ?』
『明日の比才(ピジェ)で 王女様の望みをかなえます』
『どういう意味だ?』
『ユシン郎(ラン)が 風月主(プンウォルチュ)になるのです』
そして翌日
武芸道場において 最後の比才(ピジェ)競技が行われる
現風月主(プンウォルチュ)虎才(ホジェ)が…
『今から対戦順を決める 比才(ピジェ)は午(うま)の刻より開始!』
※午(うま)の刻:午前11時~午後1時
『兵部(ピョンブ)が特別に作った木刀で戦う
どちらかが立てないか 棄権した場合に勝敗が決まる
勝負の中で起きたことに 両者は責任を負わない 勝負がつかない場合は
国仙(ククソン)と元上花(ウォンサンファ)の審査で勝敗を決める
今回の比才(ピジェ)では 風月主(プンウォルチュ)を決めるため
徐羅伐(ソラボル)はもとより 全国各地の花郎(ファラン)の中から
予選を勝ち抜いた32名が参加する
元上花(ウォンサンファ)に礼を尽くせ!』
※元上花(ウォンサンファ):花郎(ファラン)出身で 花郎の師匠となる者
徳曼(トンマン)は 今日も天明(チョンミョン)の肖像画に話しかけている
『春秋(チュンチュ)が来るそうよ 私は楽しみだけど不安だわ 大丈夫よね?
今日は比才(ピジェ)が行われるのよ
ユシン郎(ラン)が風月主(プンウォルチュ)になるよう祈っていてね お願いよ』
徳曼(トンマン)は 昨夜毗曇(ピダム)が言っていたことを思い返す
毗曇(ピダム)は一体 何をしようというのか…
「明日の比才(ピジェ)で 王女様の望みをかなえます
ユシン郎(ラン)が風月主(プンウォルチュ)になるのです」
対戦相手を決める札を 花郎(ファラン)たちが順に取っていく
そこへ 扉を力強く開け放ち毗曇(ピダム)が入ってくる
大慌てで徳曼(トンマン)に知らせに走る谷使欣(コクサフン)
『王女様!』
『どうした?』
『王女様 実は道場に…』
皆の注目を浴びながら立っている毗曇(ピダム)
『何の用だ』
『私も比才(ピジェ)に参加します』
『何だと?毗曇(ピダム)が?』
『何のご用でしょうか』
『師匠に 本を持って来るよう頼まれました』
『あの部屋には… 誰も入れないはずですが』
『師匠は宮殿にいて来られないのです』
『宮殿に?』
『そうです 陛下に献上する本を持ってこいと』
『……ではどうぞ』
毗曇(ピダム)は あの幼い日に大虐殺をしてまで取り戻した本を
久々に手にし 開いてみた
(三韓一統だったのか 師匠は三韓一統のために準備を
俺の物だと言われたよな)
何冊かある三韓地勢の本を 箱の中から取り出すと その奥に何か入っている
赤と青の包みが2つ まずは赤の方を開けてみる
そこには 人明(インミョン)と書かれている
※人明(インミョン):徳曼(トンマン)の本来の名
『人明(インミョン)の生年月日?誰のことだ?』
もう1つ 青い包みの方を開けると“烔宗(ヒョンジョン)”の生年月日だ
※烔宗(ヒョンジョン):毗曇(ピダム)の本来の名
『俺の誕生日だ 烔宗(ヒョンジョン)…誰なんだろう』
しかしすぐにハッとする毗曇(ピダム)
昭火(ソファ)の言っていたことが再びよみがえる
「いけません 誰の息子かお分かりでしょう
毗曇(ピダム)とは絶対 婚姻させたくなかったのです」
珍しくがむしゃらに剣の訓練をする宝宗(ポジョン)
後ろから石品(ソクプム)が…
『何を考えている 伊西(イソ)郡でのことを思い出しているのか』
『……』
『あの時お前は 手をケガしていた』
『……ユシン郎(ラン)に負けたのは ケガのせいではない
手のケガが原因ではない 心構えが間違っていたのだ』
『剣を持つのもやっとだっただろ』
『それは重要ではない 伊西(イソ)郡の私は命懸けではなかった
だが ユシン郎(ラン)は命懸けだった 心構えの時点で… 負けていたのだ
私は初めて命懸けで 比才(ピジェ)に臨むつもりだ』
宝宗(ポジョン)の決意に 石品(ソクプム)も理解してうなずいた
一方 同じく訓練しているキム・ユシンの前に ミシルが現れる
『何でしょうか』
『いよいよ明日ですね』
『何と?』
『言った通りです 油断は禁物ですよ 例えば10対1で戦う場合
1人を相手に10人は真剣に戦いません 命懸けではないのです
しかし10人を相手にする1人は違います その者は命懸けなのです
自分の代わりに戦う者がいないからです
10人は 心構えの時点ですでに負けているのです
人の心とは そういうものです 宝宗(ポジョン)は弱くはありません
手ごわい相手でしょう 絶対に油断してはなりません』
『……なぜ私に忠告なさるのですか』
『つまらぬ試合は見たくないからです
油断してユシン郎(ラン)が負けたら がっかりします
私はいい試合が見たいのです
それに… まだユシン郎(ラン)を敵に回したくありません』
ミシルが去り訓練を続けていると 今度は月夜(ウォルヤ)と雪地(ソルチ)が…
2人は 龍華香徒(ヨンファヒャンド)の郎徒(ナンド)服を身につけている
『ソヒョン公の養子になったおかげで 花郎(ファラン)になれた』
『我々は兄弟だ』
『私も徐羅伐(ソラボル)に入ることができたし
そなたは風月主(プンウォルチュ)になるだろう
伽耶勢力は 大きな力を得る』
※徐羅伐(ソラボル):新羅(シルラ)の首都 現在の慶州(キョンジュ)
『そう言うのはまだ早い』
『野望のある方が 何をおっしゃるのです』
雪地(ソルチ)が諌めるように言い 月夜(ウォルヤ)が…
『そなたは 徳曼(トンマン)王女と婚姻し 王になるつもりだろう』
『それゆえ 王女様が認められるよう尽力したのでは?』
『そんなつもりはない』
『本心は違うだろ とにかくそなたの力になる 伽耶は1つだ』
違うのに…という表情になるユシン
『私でもそなたでも構わない 伽耶の者が王になればいい
亡国の無念を晴らせるならば 協力する
だから 必ず風月主(プンウォルチュ)になれ
そうすれば そなたを決して裏切らない』
2人が去り 再び訓練に集中するユシン
その姿を 離れた場所から徳曼(トンマン)が見守っている
そんな徳曼(トンマン)の背後から 毗曇(ピダム)が…
『勝ちますよ 宝宗(ポジョン)は大したことない きっとユシンが…』
『比才(ピジェ)は乱闘とは違うのだ
宝宗(ポジョン)は比才(ピジェ)で負けたことがない
それに あの2人の腕前では些細なことが勝負を左右する
ユシン郎(ラン)にとっては 初めての比才(ピジェ)だ 簡単ではない
ユシン郎(ラン)に勝ってもらわねば…』
徳曼(トンマン)と毗曇(ピダム)の姿を 後ろからソルォンが見ている
毗曇(ピダム)は徳曼(トンマン)に 摘んできた花を手渡す
『これは?』
『エヘヘ… 今日は誕生日でしょう?来る途中で摘みました
女性はなぜか 花が好きですよね』
『花が好きなのは不思議か?』
『食べたり着たりできないし』
『フフ…ありがとう でも…今日ではない
辛卯(しんぼう)月の丁丑(ていちゅう)日だ』
毗曇(ピダム)は愕然とする
あの赤い包みの中から出てきた
あの人明(インミョン)という人物の生年月日と同じだったからだ
“壬戌(じんじゅつ)年 辛卯(しんぼう)月 丁丑(ていちゅう)日 亥(い)の刻”
『お?今日だと聞いたのにな あぁ!まったく俺ってダメだな アハハ…』
『ずっと男装してきたせいか 自分でも忘れていた
私を女として扱ってくれるのか』
『王女様 俺も勉強したいんです 王室の書庫に入れてください
ユシン郎(ラン)や閼川郎(アルチョンラン)が知識をひけらかすのは腹が立つ』
『分かった』
『今すぐにお願いします』
実は ムンノの教えで学問を納めている毗曇(ピダム)だったが
駄々っ子のように甘え 書庫に入る許可を得る
ヘラヘラと徳曼(トンマン)の後からついて行く毗曇(ピダム)だった
『担当の者に伝えたから 自由に見なさい』
『はい 王女様』
1人になった毗曇(ピダム)は 1つの書物を目がけて探した
“真智(チンジ)帝録
建福元年の七夕に 真智(チンジ)王とミシルに息子が生まれた
名前は烔宗(ヒョンジョン)”
※建福(コンボク):真平(チンピョン)王時代の年号
(真智(チンジ)王とミシルの間に生まれた子 炯宗(ヒョンジョン)…)
毗曇(ピダム)が書庫を出て行くと 尾行していたソルォンが入れ替わりに入り
何を調べていたのかを探る
すると 国史 真智(チンジ)帝録の1冊の向きが違っているのが目についた
書庫を出た毗曇(ピダム)はまっしぐらに ミシルを目指していた
『毗曇(ピダム)といったな ムンノの弟子だったとは』
『はい』
『よく教え込まれている 度胸があって頭もいい』
『セジュ様ほどではありません』
※セジュ:王の印を管理する役職
『私と比べるのか?』
『アハハ… いけなかったかな 師匠には気に入られていません
素行が悪いし 冷酷だと “思いやりがなく平気で人を殺す” と
セジュ様も そうでしょう?』
『それを 自分でも認めるのか? “思いやりがなく平気で人を殺す” と』
『殺してしまって申し訳ないと思うと つい笑ってしまうんです それで冷酷だと』
『……笑うのはやめなさい 口の端を少し上げろ その方が強く見える』
『こんなふうにですか?』
名乗ることもせず 何もせず 毗曇(ピダム)はミシルを見送った
平静を保ちながら執務室に戻ったミシルもまた 思うところがあった
(毗曇(ピダム)… 毗曇(ピダム)とは…)
(ミシルが母親か…)
ムンノの執務室に戻ると ムンノの怒りが絶頂に達していた
『この馬鹿者!!!!!
なぜトギル寺に行き あの箱を開けたのだ!!!!!』
『……私の物だと言われたはずです』
『何だと?!!!!!』
『すべて私のための物だと そうおっしゃいました!
自分の物を見てはいけないのですか』
『この…!』
『私は!!!明日の比才(ピジェ)に出ます』
『お前が比才(ピジェ)に?!!!何を勝手なことを!!!!!
出た場合は 破門にする!』
『私を… 弟子だと認めているのですか』
毗曇(ピダム)は 落ちそうになる涙を必死にこらえている
『弟子でないなら… 破門にはできません あの出来事のせいですか
子供だったのです!』
(だから衝撃的だったのだ どうしていいか分からなかった)
『あれ以来 弟子とはいっても温かく接してくれませんでした
父のように思っていたのに 急に距離を感じました
何が悪かったのか 教えてほしかった
私はただ! 師匠に褒められたかっただけです』
『人殺しをしたのに 私に叱られるのを恐れるだけで
死んだ人への哀れみが 一切なかった』
『それが理由ですか? 師匠はあの時から 私を恐れるようになったのです!
弟子を恐れる師匠だなんて…』
毗曇(ピダム)はもう 涙をこらえなかった
『子供だったのです… 一度くらい抱きしめてほしかった』
『毗曇(ピダム)ーーーっ!!!』
ムンノの執務室を飛び出し 途中の道で子供のように大声で泣いた後
毗曇(ピダム)は 徳曼(トンマン)のいる位牌堂へ向かう
『どうしたのだ?』
『明日の比才(ピジェ)で 王女様の望みをかなえます』
『どういう意味だ?』
『ユシン郎(ラン)が 風月主(プンウォルチュ)になるのです』
そして翌日
武芸道場において 最後の比才(ピジェ)競技が行われる
現風月主(プンウォルチュ)虎才(ホジェ)が…
『今から対戦順を決める 比才(ピジェ)は午(うま)の刻より開始!』
※午(うま)の刻:午前11時~午後1時
『兵部(ピョンブ)が特別に作った木刀で戦う
どちらかが立てないか 棄権した場合に勝敗が決まる
勝負の中で起きたことに 両者は責任を負わない 勝負がつかない場合は
国仙(ククソン)と元上花(ウォンサンファ)の審査で勝敗を決める
今回の比才(ピジェ)では 風月主(プンウォルチュ)を決めるため
徐羅伐(ソラボル)はもとより 全国各地の花郎(ファラン)の中から
予選を勝ち抜いた32名が参加する
元上花(ウォンサンファ)に礼を尽くせ!』
※元上花(ウォンサンファ):花郎(ファラン)出身で 花郎の師匠となる者
徳曼(トンマン)は 今日も天明(チョンミョン)の肖像画に話しかけている
『春秋(チュンチュ)が来るそうよ 私は楽しみだけど不安だわ 大丈夫よね?
今日は比才(ピジェ)が行われるのよ
ユシン郎(ラン)が風月主(プンウォルチュ)になるよう祈っていてね お願いよ』
徳曼(トンマン)は 昨夜毗曇(ピダム)が言っていたことを思い返す
毗曇(ピダム)は一体 何をしようというのか…
「明日の比才(ピジェ)で 王女様の望みをかなえます
ユシン郎(ラン)が風月主(プンウォルチュ)になるのです」
対戦相手を決める札を 花郎(ファラン)たちが順に取っていく
そこへ 扉を力強く開け放ち毗曇(ピダム)が入ってくる
大慌てで徳曼(トンマン)に知らせに走る谷使欣(コクサフン)
『王女様!』
『どうした?』
『王女様 実は道場に…』
皆の注目を浴びながら立っている毗曇(ピダム)
『何の用だ』
『私も比才(ピジェ)に参加します』
『何だと?毗曇(ピダム)が?』
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