善徳女王 40話#1 副君(プグン)
鮮血がしたたり落ちる剣を捨て 徳曼(トンマン)は退席する
これほどまでに怒りに満ちた徳曼(トンマン)は見たことがない
大風(テプン)と谷使欣(コクサフン)は 悲痛に顔を歪める
金春秋(キム・チュンチュ)だけは 面白いものをみたという笑みを見せる
帰りの輿の中
返り血が滲む袖から出ている徳曼(トンマン)の手は 小刻みに震えている
ふたたび頭の中に ミシルの言葉が…
「民は真実を重荷に感じます 希望は持て余し
話し合いは面倒がり 自由を与えると迷う」
自分が斬り殺した村長と村人…
血しぶきが飛び それきり動かなくなった2人
徳曼(トンマン)は苦しみの表情で目を閉じる
行列の先頭を行くキム・ユシンは 馬を下り 輿の横を歩く
『王女様』
『はい』
『信じて下さい』
『何を?』
『“自分は正しいのだ” と信じねばなりません
さもないと 耐えられません さもないと… 前に進めません』
『できるかしら』
『信じてください』
『私は正しい?』
『そう信じるのです 自分を信じて 自分で答えを出すのです』
『そうね そうすべきです 私1人で… 自分の力で…』
行列とは別行動で帰る 毗曇(ピダム)と春秋(チュンチュ)
『叔母上は 並の人物ではないな』
ソルォンが ミシルに報告する
『安康(アンガン)城の村長をさらし首にし帰還中だそうです』
『徳曼(トンマン)王女が?』
『利子をさらに引き下げるとか』
ミシルは 最後に付け加えた徳曼(トンマン)の言葉を思い出す
「ああ 先程の言葉には感銘を受けました
厳しい処罰と 少しずつ与える褒美
そして 前例を残すなということにも 同意します
決して前例にならないようにするつもりです」
『徳曼(トンマン)もつらいでしょう
チヌン大帝時代の磨雲嶺(マウルリョン)での戦いを思い出す』
『セジュと私は 高句麗(コグリョ)の兵に追われ退却していました』
※セジュ:王の印を管理する役職
『3千もの兵がいたのに 生還者はわずか200人 私の初陣でした』
『女性ながら 立派に戦われました』
『落伍者や逃亡兵が増え続け ある日 逃亡兵7人を捕まえたところ
うち1人は 以前私の命を救った郎徒(ナンド)でした』
※郎徒(ナンド):花郎(ファラン)である主に仕える構成員
『そんな郎徒(ナンド)に裏切られた思いと 罰せねばならない苦しみ
郎徒(ナンド)を含め7人の兵の首を この手で撥ねた後 どれほど泣いたか
無数の敵を殺してきた私が その時には手の震えが止まらなかった』
『指揮官として当然の判断でした 初めてだったからです』
『ええ でも… 数日経ってから手の震えが止まり
自分の変化を感じました もう以前の私ではないと…
徳曼(トンマン)も そうなるかしら』
宮殿に戻った徳曼(トンマン)の耳に 命乞いをする2人の声が…
「お助けを…」
「お助け下さい!もう絶対に逃げません」
茫然自失の徳曼(トンマン)の前に 毗曇(ピダム)が現れる
『あの… 王女様』
『戻ったの?』
『ミシルになる必要はありません』
徳曼(トンマン)は じっと毗曇(ピダム)の顔を見つめる
『ミシルのように人を殺し口の端を上げなくても 強く見えます』
『焦り過ぎたわ 考えが浅かった
民にとっては初めてのことだし 逃げて当然だ
土地を開墾し その土地の主になり子孫に残せるなんて 理解できないはず』
『私には ありのままの姿を見せてください その方が心が躍ります』
毗曇(ピダム)の言葉に 涙ぐむ徳曼(トンマン)
常識的な 儀礼的な言葉ではない
非礼だったり 非常識であったりもするが いつも徳曼(トンマン)の心に触れる
『民も そんな王女様の姿に 心躍るでしょう
王女様の心を 理解するようになるはず そして変わります』
じっと毗曇(ピダム)を見つめる徳曼(トンマン)
毗曇(ピダム)は その後の言えない言葉を飲み込んだ
(そうすれば俺だって…変わるかも)
『ありがとう』
真夜中 真平(チンピョン)王の寝所に向かう医官たち
マヤ王妃が心配そうに症状を伝える
『昨晩から唇が乾いて 胸が痛むそうよ』
『大したご病気ではございません』
『構わぬ 診断の結果を正直に申してみよ』
遠慮している医官を 真平(チンピョン)王が促す
『恐れながら申し上げます
血液の流れが悪く 心臓病の疑いがあります』
『……』
『ご心配なく まだ重症ではございません
心臓病に効く生薬で薬を作り 持ってまいります』
徳曼(トンマン)は キム・ユシンを呼ぶ
『安康(アンガン)城の件です』
『はい』
『多忙とは思いますが 風月主(プンウォルチュ)に管理を任せます』
※風月主(プンウォルチュ):花郎(ファラン)の首長
『現地に留まる花郎(ファラン)と郎徒(ナンド)を選び
信用できる者を随時現地に送り 状況の把握を』
『はい』
※花郎(ファラン):美しく文武両道に秀でた青年の精鋭集団
指先の震えが止まらない徳曼(トンマン)
『大丈夫ですか?』
『私のことですか?』
『お気を強く』
『私は 人に恵まれています
奮い立たせてくれるユシン郎(ラン)や 慰めてくれる毗曇郎(ピダムラン)
守ってくれる閼川郎(アルチョンラン)もいるから 心配ありません』
そこへ 昭火(ソファ)が…!
『王女様!急いでインガン殿へ』
真平(チンピョン)王の寝所には 知らせを聞いた万明(マンミョン)夫人が…
『陛下 お体はいかがですか』
『あまり優れぬ やはり 徳曼(トンマン)の婚礼を急がねばなるまい』
心配そうにマヤ王妃が寄り添う
『陛下』
『早めに婚姻を結び 後継者を定めるべきだ』
『では 徳曼(トンマン)の夫を副君(プグン)にすると?』
『私には太子がおらぬ 王女の夫を副君(プグン)にするしかなかろう』
※副君(プグン):王の息子ではない王位継承者
※太子:王位継承者
『王妃と万明(マンミョン)は 徳曼(トンマン)に相応しい相手を選んでくれ
家臣たちには 近いうちに私から話す』
『はい 陛下』
『承知しました』
『王女様がお見えです』
そこへ 徳曼(トンマン)が駆け込んでくる
『お体は大丈夫ですか?』
『残念だが よいとは言えぬ 当分は便殿にも出られぬだろう
徳曼(トンマン) そなたの婚姻を急がねばならない』
『……』
『そなたの夫を副君(プグン)とし 王位継承者としたいのだ』
マヤ王妃も 口添えをする
『どれだけ陛下が心配されているか… 誰か気になる男性は?』
このことについて キム・ユシンと閼川(アルチョン)が話し合う
『陛下のご病状が悪化すれば 副君(プグン)についての議論が始まる』
『では 王女様はご計画通りに?』
『そうだ ついに始まる』
『ミシルも動くはず 春秋(チュンチュ)公はまだ美生(ミセン)公と一緒に?』
『そうらしい 毗曇郎(ピダムラン)に抑えつけられているが
美生(ミセン)公と出歩いている』
ヨムジョンの賭博場
いつものように勝ちまくる金春秋(キム・チュンチュ)のそばに美生(ミセン)が…
『ついてますね 酒と女 そして賭け事 その共通点は?』
『全部 美生(ミセン)公の得意技でしょう』
『ウワーッハハハ…』
『“溺れやすい” これが答えでは?』
『いかにも しかも溺れたら抜け出せない
あぁ! また負けた春秋(チュンチュ)公の勝ちだ うらやましい
溺れて楽しく かつ簡単に抜け出せる遊びはいかがですか?』
『簡単に抜け出せる楽しい遊びがありますか?』
『ありますとも』
『……』
『婚姻です』
『婚姻?』
『初めは甘い幸せでいっぱい 遊郭の女などどうでもよくなります
しかも子供が生まれたら 極上の喜びを味わう』
『なのに 抜け出すのは簡単だと?』
『はい 2年もすれば 突然飽きる日が来ます 不思議です』
『それで美生(ミセン)公は 20回も婚姻を結んだのですね』
『はい そういうことです どうです 味わってみますか?』
美生(ミセン)が春秋(チュンチュ)の婚姻を画策する頃
王室でも…
『4日後に 徳曼(トンマン)王女の婚姻について話し合う 準備を頼むぞ』
『はい 陛下』
『すべての貴族に 副君(プグン)になる機会があると知らせる』
『どの貴族も 自分の子息に可能性があると知るわけですね』
『ミシル側の貴族も この機会を狙うはず』
『そうだ この件を公式に発表せよ 便殿で推薦会議を開くのだ』
『はい 陛下』
宮殿内を散歩する徳曼(トンマン)
昭火(ソファ)が静かに語りかける
『王女様』
『何です?』
『婚姻なさるべきです 慕われている方はいませんか?』
その時 小刻みに震えている徳曼(トンマン)の手を見咎める昭火(ソファ)
その後ろには毗曇(ピダム)が近づき こちらを見ている
『具合が悪いのですか?』
『いえ ただ少し手が震えて…』
『手が?』
聞き返したのは毗曇(ピダム)だ
『よくあるのですか?』
『いいえ』
遠慮なしに徳曼(トンマン)の手首をつかむ毗曇(ピダム)
見ている昭火(ソファ)が恥じらい うつむいた
『嘘です』
『嘘ではない』
『震えています 治療が必要では?剣を握ったせいですか?
ユシン郎(ラン)と閼川郎(アルチョンラン)に任せればよかったのに』
クスッと笑う徳曼(トンマン)
その手を握ったままなのに気づいた毗曇(ピダム)…
『何かおかしいですか?』
『前の毗曇(ピダム)に戻ったわ』
『その… 婚姻について議論すると聞きました』
『ついに始める時が来た また騒動になる』
『当初の計画通りにやるんですね?』
『もちろん 婚姻はしない いよいよ始まるのだ』
『あの… 手は…』
2人が話しているところを 離れた場所からソルォンが見ている
『大丈夫よ』
『見せてください 今後ああいうことはなさらないでください
ユシン郎(ラン)も縁川郎(アルチョンラン)も 皆 驚きました』
見過ごそうとしたソルォンは 毗曇(ピダム)が徳曼(トンマン)の手を取り
徳曼(トンマン)もそのまま握らせていることに注目した
『心配しないで』
『師匠に針治療を教わりました 打ちましょうか?』
『大丈夫だから』
ミシルの執務室
世宗(セジョン) ソルォン 美生(ミセン)と話し合うミシル
『4日後に 御前会議が開かれます』
『徳曼(トンマン)王女の婚姻の件でしょう』
『結局は徳曼(トンマン)王女の気持ち次第なのでは?』
『ユシン郎(ラン)は妻帯者ですし 閼川郎(アルチョンラン)が有力ですね』
ソルォンの見解に ミシルは無表情で…
『閼川郎(アルチョンラン)なら力のない家柄です 我々の不利にはならない』
『私が手を回します』
ほくそ笑む美生(ミセン)
『閼川郎(アルチョンラン)の父親は美術品が好きらしいわ
そなたが良い品を選び 持っていきなさい』
『すぐに準備いたしましょう』
『春秋(チュンチュ)公とユシン郎(ラン)も監視しなさい』
『はい』
ソルォンは 1人残りミシルと向き合う
『セジュ』
『何かお話でも?』
『毗曇(ピダム)と徳曼(トンマン)王女は かなり親しいようです』
『…何が言いたいのです』
『毗曇(ピダム)にも 王女の夫になる可能性が』
『ソルォン公!』
『セジュの息子です それに本来は真骨(チンゴル)です』
※真骨(チンゴル):新羅(シルラ)の身分制度で片方の親のみ王族である者
『すべての可能性を念頭に置くべきです』
『捨てた子です!』
『……』
『今さら… そんな気はない』
キム・ユシンと妻のヨンモの屋敷に 世宗(セジョン)と夏宗(ハジョン)が…
『元気だったか?』
『変わりはないか?具合が悪いと聞いた』
『そうなのか?』
何も知らなかったユシンが慌てる
ヨンモは 恥らいながら答える
『懐妊の兆しが…』
『それは本当か?』
『子供ができた?!私に孫が生まれるのだな アッハッハ…』
『喜ばしい知らせだ』
喜びに浮き立つ父子と かすかに困惑の表情になるユシン
『吉事は続くものだ』
『続くとは?』
『そなたには兵部(ピョンブ)での職も兼務してもらう』
『私に任せておけ もっと親しく付き合おう
アーッハハハ… 懐妊か ヨンモでかした』
さっそくミシルのもとへ報告に行く父子
美生(ミセン)が 満面の笑みの2人をからかう
『ずいぶん嬉しそうですね』
『様子は?』
『ユシンなら心配ない』
『ヨンモが身ごもりました!』
『そう?』
『思っていたより夫婦仲は円満のようだな』
『ユシンは問題ない 春秋(チュンチュ)公は?』
『宝良(ポリャン)と仲睦まじいです』
『もうこちら側の味方ですよ
だが陛下のお怒りを買うのを恐れてか 縁談を避けています』
『私から話してみます ご心配なく』
『ええ』
ほかならぬ宝宗(ポジョン)の娘宝良(ポリャン)のことなので
ソルォンが話をすすめることに
『貴族の方は?』
『官職者全員に連判状を回しておいた』
『地方の貴族たちにも知らせました』
『よろしい 明日は副君(プグン)の件が話し合われる』
『誰が副君(プグン)になっても すべては我々の手中にあります』
『ユシン郎(ラン) 春秋(チュンチュ)公 閼川郎(アルチョンラン)
そして貴族たちも 我々が握っています アッハッハ…』
『都合の悪い男なら 操るか 失脚させればよい』
感慨深い表情のミシル
『明日です 明日になれば 長年不在だった後継者がついに決まるのです』
そしていよいよ 便殿において会議が始まった
『知ってのとおり 神国には王位を譲るべき聖骨(ソンゴル)の男子がおらぬ
よって徳曼(トンマン)王女の婚姻を進めたい』
※神国:新羅(シルラ)の別称
※聖骨(ソンゴル):父母共に王族である新羅(シルラ)の身分制度の最高位
『王女の夫を副君(プグン)とし王位を安定させねばならぬ
王女の夫に相応しい者を 候補として挙げてみよ』
大臣が次々に…
『恐れながら申し上げます
伊伐飡(イボルチャン)の子息であるチョン・グァンリはどうです』
『陛下 波珍飡(パジンチャン)ペンニョンの子息である
調府(チュブ)の次官チェムンがよいかと』
※伊伐飡(イボルチャン):官職名
※波珍飡(パジンチャン):官職名
※調府(チュブ):貢納と租税を担当した官庁
どれも意にかなう者ではなく 真平(チンピョン)王は黙り込む
そこへミシルが…
『陛下 恐れながら申し上げます
今 最も大切なのは 王女様のお気持ちでは?』
そこへ 王女徳曼(トンマン)が来たことが告げられる
着席した徳曼(トンマン)は ミシルと向き合う
『王女様 王女様の婚姻について話し合っておりました
陛下にも申し上げましたが 最も大切なのは王女様のお気持ちです
心に決めた方が おありですか?』
『私は 婚姻しません』
思いがけない答えに 便殿内はざわめく
代表して口火を切ったのは ヨンチュン公だ
『王女様 陛下はご健勝で 王室も今は安泰ですが
長く続く後継者問題を解決せねばなりません』
真平(チンピョン)王の病状を知る者として その表情は険しい
続いて世宗(セジョン)が…
『副君(プグン)が定まれば王位が安定し 国に平和が訪れます』
『私も 長年の問題が解決し国に平和が訪れることを願っています
陛下と大臣の皆さんに申し上げます 私は結婚しないだけでなく…』
皆の注目が一斉に集中する
徳曼(トンマン)の次の言葉が 誰にも予測できないからだった
『自ら王位を継ぐ 副君(プグン)になるつもりです
この問題は 和白(ファベク)会議で議論してください』
※和白(ファベク)会議:新羅(シルラ)の貴族会議
開いた口が塞がらない状態で ミシルは茫然と徳曼(トンマン)を見つめる
会議が終わってもまだ放心しているミシルのもとへ ソルォンが…
『本当ですか 徳曼(トンマン)王女が自ら副君(プグン)になると宣言を?』
『……』
『セジュ 大丈夫ですか? セジュ…』
『……ソルォン公 すみません
少しの間 1人でいたいのです ほんの少しだけ』
『分かりました』
(徳曼(トンマン)… まさか徳曼(トンマン)が望んでいるのは…)
ミシルは 徳曼(トンマン)のこれまでの言葉を思い返す
「希望はその苦痛や疲労に耐える力を与えます
希望と夢を持った民は 神国を豊かにするでしょう
私と同じ夢を見る者たちと 私は新羅(シルラ)をつくっていきます」
※新羅(シルラ):朝鮮半島南東部から発展し 後に三国を統一
(王になるのが望みだったのか あの日から いやずっと前からそんな夢を?)
「やっと分かりました
これがチヌン大帝以降 新羅(シルラ)が発展しない理由です
セジュは 国の主ではないからです」
(主?)
「主でない者が 国や民のために夢を見られますか?」
(夢?私が主ではないから?そうなのか?
私が主でないから 夢さえ持てなかったのか? このミシルが…)
父ソルォンのもとへ宝宗(ポジョン)が来る
『父上』
『戻ったか』
『徳曼(トンマン)王女が副君(プグン)になると宣言を』
『私も聞いた』
『母上に…』
『やめろ 1人でいたいそうだ』
『とんでもない話です 女の副君(プグン)などあり得ないことです』
『それは問題ではない お前の母が受けた衝撃はあまりに大きい』
『あきれた話です 驚かれて当然ですよ』
『セジュは 王妃になることだけを夢見ていた
だが 王になるなど考えもつかなかった夢だ
セジュが乗り越えられるのを 待つしかない』
これほどまでに怒りに満ちた徳曼(トンマン)は見たことがない
大風(テプン)と谷使欣(コクサフン)は 悲痛に顔を歪める
金春秋(キム・チュンチュ)だけは 面白いものをみたという笑みを見せる
帰りの輿の中
返り血が滲む袖から出ている徳曼(トンマン)の手は 小刻みに震えている
ふたたび頭の中に ミシルの言葉が…
「民は真実を重荷に感じます 希望は持て余し
話し合いは面倒がり 自由を与えると迷う」
自分が斬り殺した村長と村人…
血しぶきが飛び それきり動かなくなった2人
徳曼(トンマン)は苦しみの表情で目を閉じる
行列の先頭を行くキム・ユシンは 馬を下り 輿の横を歩く
『王女様』
『はい』
『信じて下さい』
『何を?』
『“自分は正しいのだ” と信じねばなりません
さもないと 耐えられません さもないと… 前に進めません』
『できるかしら』
『信じてください』
『私は正しい?』
『そう信じるのです 自分を信じて 自分で答えを出すのです』
『そうね そうすべきです 私1人で… 自分の力で…』
行列とは別行動で帰る 毗曇(ピダム)と春秋(チュンチュ)
『叔母上は 並の人物ではないな』
ソルォンが ミシルに報告する
『安康(アンガン)城の村長をさらし首にし帰還中だそうです』
『徳曼(トンマン)王女が?』
『利子をさらに引き下げるとか』
ミシルは 最後に付け加えた徳曼(トンマン)の言葉を思い出す
「ああ 先程の言葉には感銘を受けました
厳しい処罰と 少しずつ与える褒美
そして 前例を残すなということにも 同意します
決して前例にならないようにするつもりです」
『徳曼(トンマン)もつらいでしょう
チヌン大帝時代の磨雲嶺(マウルリョン)での戦いを思い出す』
『セジュと私は 高句麗(コグリョ)の兵に追われ退却していました』
※セジュ:王の印を管理する役職
『3千もの兵がいたのに 生還者はわずか200人 私の初陣でした』
『女性ながら 立派に戦われました』
『落伍者や逃亡兵が増え続け ある日 逃亡兵7人を捕まえたところ
うち1人は 以前私の命を救った郎徒(ナンド)でした』
※郎徒(ナンド):花郎(ファラン)である主に仕える構成員
『そんな郎徒(ナンド)に裏切られた思いと 罰せねばならない苦しみ
郎徒(ナンド)を含め7人の兵の首を この手で撥ねた後 どれほど泣いたか
無数の敵を殺してきた私が その時には手の震えが止まらなかった』
『指揮官として当然の判断でした 初めてだったからです』
『ええ でも… 数日経ってから手の震えが止まり
自分の変化を感じました もう以前の私ではないと…
徳曼(トンマン)も そうなるかしら』
宮殿に戻った徳曼(トンマン)の耳に 命乞いをする2人の声が…
「お助けを…」
「お助け下さい!もう絶対に逃げません」
茫然自失の徳曼(トンマン)の前に 毗曇(ピダム)が現れる
『あの… 王女様』
『戻ったの?』
『ミシルになる必要はありません』
徳曼(トンマン)は じっと毗曇(ピダム)の顔を見つめる
『ミシルのように人を殺し口の端を上げなくても 強く見えます』
『焦り過ぎたわ 考えが浅かった
民にとっては初めてのことだし 逃げて当然だ
土地を開墾し その土地の主になり子孫に残せるなんて 理解できないはず』
『私には ありのままの姿を見せてください その方が心が躍ります』
毗曇(ピダム)の言葉に 涙ぐむ徳曼(トンマン)
常識的な 儀礼的な言葉ではない
非礼だったり 非常識であったりもするが いつも徳曼(トンマン)の心に触れる
『民も そんな王女様の姿に 心躍るでしょう
王女様の心を 理解するようになるはず そして変わります』
じっと毗曇(ピダム)を見つめる徳曼(トンマン)
毗曇(ピダム)は その後の言えない言葉を飲み込んだ
(そうすれば俺だって…変わるかも)
『ありがとう』
真夜中 真平(チンピョン)王の寝所に向かう医官たち
マヤ王妃が心配そうに症状を伝える
『昨晩から唇が乾いて 胸が痛むそうよ』
『大したご病気ではございません』
『構わぬ 診断の結果を正直に申してみよ』
遠慮している医官を 真平(チンピョン)王が促す
『恐れながら申し上げます
血液の流れが悪く 心臓病の疑いがあります』
『……』
『ご心配なく まだ重症ではございません
心臓病に効く生薬で薬を作り 持ってまいります』
徳曼(トンマン)は キム・ユシンを呼ぶ
『安康(アンガン)城の件です』
『はい』
『多忙とは思いますが 風月主(プンウォルチュ)に管理を任せます』
※風月主(プンウォルチュ):花郎(ファラン)の首長
『現地に留まる花郎(ファラン)と郎徒(ナンド)を選び
信用できる者を随時現地に送り 状況の把握を』
『はい』
※花郎(ファラン):美しく文武両道に秀でた青年の精鋭集団
指先の震えが止まらない徳曼(トンマン)
『大丈夫ですか?』
『私のことですか?』
『お気を強く』
『私は 人に恵まれています
奮い立たせてくれるユシン郎(ラン)や 慰めてくれる毗曇郎(ピダムラン)
守ってくれる閼川郎(アルチョンラン)もいるから 心配ありません』
そこへ 昭火(ソファ)が…!
『王女様!急いでインガン殿へ』
真平(チンピョン)王の寝所には 知らせを聞いた万明(マンミョン)夫人が…
『陛下 お体はいかがですか』
『あまり優れぬ やはり 徳曼(トンマン)の婚礼を急がねばなるまい』
心配そうにマヤ王妃が寄り添う
『陛下』
『早めに婚姻を結び 後継者を定めるべきだ』
『では 徳曼(トンマン)の夫を副君(プグン)にすると?』
『私には太子がおらぬ 王女の夫を副君(プグン)にするしかなかろう』
※副君(プグン):王の息子ではない王位継承者
※太子:王位継承者
『王妃と万明(マンミョン)は 徳曼(トンマン)に相応しい相手を選んでくれ
家臣たちには 近いうちに私から話す』
『はい 陛下』
『承知しました』
『王女様がお見えです』
そこへ 徳曼(トンマン)が駆け込んでくる
『お体は大丈夫ですか?』
『残念だが よいとは言えぬ 当分は便殿にも出られぬだろう
徳曼(トンマン) そなたの婚姻を急がねばならない』
『……』
『そなたの夫を副君(プグン)とし 王位継承者としたいのだ』
マヤ王妃も 口添えをする
『どれだけ陛下が心配されているか… 誰か気になる男性は?』
このことについて キム・ユシンと閼川(アルチョン)が話し合う
『陛下のご病状が悪化すれば 副君(プグン)についての議論が始まる』
『では 王女様はご計画通りに?』
『そうだ ついに始まる』
『ミシルも動くはず 春秋(チュンチュ)公はまだ美生(ミセン)公と一緒に?』
『そうらしい 毗曇郎(ピダムラン)に抑えつけられているが
美生(ミセン)公と出歩いている』
ヨムジョンの賭博場
いつものように勝ちまくる金春秋(キム・チュンチュ)のそばに美生(ミセン)が…
『ついてますね 酒と女 そして賭け事 その共通点は?』
『全部 美生(ミセン)公の得意技でしょう』
『ウワーッハハハ…』
『“溺れやすい” これが答えでは?』
『いかにも しかも溺れたら抜け出せない
あぁ! また負けた春秋(チュンチュ)公の勝ちだ うらやましい
溺れて楽しく かつ簡単に抜け出せる遊びはいかがですか?』
『簡単に抜け出せる楽しい遊びがありますか?』
『ありますとも』
『……』
『婚姻です』
『婚姻?』
『初めは甘い幸せでいっぱい 遊郭の女などどうでもよくなります
しかも子供が生まれたら 極上の喜びを味わう』
『なのに 抜け出すのは簡単だと?』
『はい 2年もすれば 突然飽きる日が来ます 不思議です』
『それで美生(ミセン)公は 20回も婚姻を結んだのですね』
『はい そういうことです どうです 味わってみますか?』
美生(ミセン)が春秋(チュンチュ)の婚姻を画策する頃
王室でも…
『4日後に 徳曼(トンマン)王女の婚姻について話し合う 準備を頼むぞ』
『はい 陛下』
『すべての貴族に 副君(プグン)になる機会があると知らせる』
『どの貴族も 自分の子息に可能性があると知るわけですね』
『ミシル側の貴族も この機会を狙うはず』
『そうだ この件を公式に発表せよ 便殿で推薦会議を開くのだ』
『はい 陛下』
宮殿内を散歩する徳曼(トンマン)
昭火(ソファ)が静かに語りかける
『王女様』
『何です?』
『婚姻なさるべきです 慕われている方はいませんか?』
その時 小刻みに震えている徳曼(トンマン)の手を見咎める昭火(ソファ)
その後ろには毗曇(ピダム)が近づき こちらを見ている
『具合が悪いのですか?』
『いえ ただ少し手が震えて…』
『手が?』
聞き返したのは毗曇(ピダム)だ
『よくあるのですか?』
『いいえ』
遠慮なしに徳曼(トンマン)の手首をつかむ毗曇(ピダム)
見ている昭火(ソファ)が恥じらい うつむいた
『嘘です』
『嘘ではない』
『震えています 治療が必要では?剣を握ったせいですか?
ユシン郎(ラン)と閼川郎(アルチョンラン)に任せればよかったのに』
クスッと笑う徳曼(トンマン)
その手を握ったままなのに気づいた毗曇(ピダム)…
『何かおかしいですか?』
『前の毗曇(ピダム)に戻ったわ』
『その… 婚姻について議論すると聞きました』
『ついに始める時が来た また騒動になる』
『当初の計画通りにやるんですね?』
『もちろん 婚姻はしない いよいよ始まるのだ』
『あの… 手は…』
2人が話しているところを 離れた場所からソルォンが見ている
『大丈夫よ』
『見せてください 今後ああいうことはなさらないでください
ユシン郎(ラン)も縁川郎(アルチョンラン)も 皆 驚きました』
見過ごそうとしたソルォンは 毗曇(ピダム)が徳曼(トンマン)の手を取り
徳曼(トンマン)もそのまま握らせていることに注目した
『心配しないで』
『師匠に針治療を教わりました 打ちましょうか?』
『大丈夫だから』
ミシルの執務室
世宗(セジョン) ソルォン 美生(ミセン)と話し合うミシル
『4日後に 御前会議が開かれます』
『徳曼(トンマン)王女の婚姻の件でしょう』
『結局は徳曼(トンマン)王女の気持ち次第なのでは?』
『ユシン郎(ラン)は妻帯者ですし 閼川郎(アルチョンラン)が有力ですね』
ソルォンの見解に ミシルは無表情で…
『閼川郎(アルチョンラン)なら力のない家柄です 我々の不利にはならない』
『私が手を回します』
ほくそ笑む美生(ミセン)
『閼川郎(アルチョンラン)の父親は美術品が好きらしいわ
そなたが良い品を選び 持っていきなさい』
『すぐに準備いたしましょう』
『春秋(チュンチュ)公とユシン郎(ラン)も監視しなさい』
『はい』
ソルォンは 1人残りミシルと向き合う
『セジュ』
『何かお話でも?』
『毗曇(ピダム)と徳曼(トンマン)王女は かなり親しいようです』
『…何が言いたいのです』
『毗曇(ピダム)にも 王女の夫になる可能性が』
『ソルォン公!』
『セジュの息子です それに本来は真骨(チンゴル)です』
※真骨(チンゴル):新羅(シルラ)の身分制度で片方の親のみ王族である者
『すべての可能性を念頭に置くべきです』
『捨てた子です!』
『……』
『今さら… そんな気はない』
キム・ユシンと妻のヨンモの屋敷に 世宗(セジョン)と夏宗(ハジョン)が…
『元気だったか?』
『変わりはないか?具合が悪いと聞いた』
『そうなのか?』
何も知らなかったユシンが慌てる
ヨンモは 恥らいながら答える
『懐妊の兆しが…』
『それは本当か?』
『子供ができた?!私に孫が生まれるのだな アッハッハ…』
『喜ばしい知らせだ』
喜びに浮き立つ父子と かすかに困惑の表情になるユシン
『吉事は続くものだ』
『続くとは?』
『そなたには兵部(ピョンブ)での職も兼務してもらう』
『私に任せておけ もっと親しく付き合おう
アーッハハハ… 懐妊か ヨンモでかした』
さっそくミシルのもとへ報告に行く父子
美生(ミセン)が 満面の笑みの2人をからかう
『ずいぶん嬉しそうですね』
『様子は?』
『ユシンなら心配ない』
『ヨンモが身ごもりました!』
『そう?』
『思っていたより夫婦仲は円満のようだな』
『ユシンは問題ない 春秋(チュンチュ)公は?』
『宝良(ポリャン)と仲睦まじいです』
『もうこちら側の味方ですよ
だが陛下のお怒りを買うのを恐れてか 縁談を避けています』
『私から話してみます ご心配なく』
『ええ』
ほかならぬ宝宗(ポジョン)の娘宝良(ポリャン)のことなので
ソルォンが話をすすめることに
『貴族の方は?』
『官職者全員に連判状を回しておいた』
『地方の貴族たちにも知らせました』
『よろしい 明日は副君(プグン)の件が話し合われる』
『誰が副君(プグン)になっても すべては我々の手中にあります』
『ユシン郎(ラン) 春秋(チュンチュ)公 閼川郎(アルチョンラン)
そして貴族たちも 我々が握っています アッハッハ…』
『都合の悪い男なら 操るか 失脚させればよい』
感慨深い表情のミシル
『明日です 明日になれば 長年不在だった後継者がついに決まるのです』
そしていよいよ 便殿において会議が始まった
『知ってのとおり 神国には王位を譲るべき聖骨(ソンゴル)の男子がおらぬ
よって徳曼(トンマン)王女の婚姻を進めたい』
※神国:新羅(シルラ)の別称
※聖骨(ソンゴル):父母共に王族である新羅(シルラ)の身分制度の最高位
『王女の夫を副君(プグン)とし王位を安定させねばならぬ
王女の夫に相応しい者を 候補として挙げてみよ』
大臣が次々に…
『恐れながら申し上げます
伊伐飡(イボルチャン)の子息であるチョン・グァンリはどうです』
『陛下 波珍飡(パジンチャン)ペンニョンの子息である
調府(チュブ)の次官チェムンがよいかと』
※伊伐飡(イボルチャン):官職名
※波珍飡(パジンチャン):官職名
※調府(チュブ):貢納と租税を担当した官庁
どれも意にかなう者ではなく 真平(チンピョン)王は黙り込む
そこへミシルが…
『陛下 恐れながら申し上げます
今 最も大切なのは 王女様のお気持ちでは?』
そこへ 王女徳曼(トンマン)が来たことが告げられる
着席した徳曼(トンマン)は ミシルと向き合う
『王女様 王女様の婚姻について話し合っておりました
陛下にも申し上げましたが 最も大切なのは王女様のお気持ちです
心に決めた方が おありですか?』
『私は 婚姻しません』
思いがけない答えに 便殿内はざわめく
代表して口火を切ったのは ヨンチュン公だ
『王女様 陛下はご健勝で 王室も今は安泰ですが
長く続く後継者問題を解決せねばなりません』
真平(チンピョン)王の病状を知る者として その表情は険しい
続いて世宗(セジョン)が…
『副君(プグン)が定まれば王位が安定し 国に平和が訪れます』
『私も 長年の問題が解決し国に平和が訪れることを願っています
陛下と大臣の皆さんに申し上げます 私は結婚しないだけでなく…』
皆の注目が一斉に集中する
徳曼(トンマン)の次の言葉が 誰にも予測できないからだった
『自ら王位を継ぐ 副君(プグン)になるつもりです
この問題は 和白(ファベク)会議で議論してください』
※和白(ファベク)会議:新羅(シルラ)の貴族会議
開いた口が塞がらない状態で ミシルは茫然と徳曼(トンマン)を見つめる
会議が終わってもまだ放心しているミシルのもとへ ソルォンが…
『本当ですか 徳曼(トンマン)王女が自ら副君(プグン)になると宣言を?』
『……』
『セジュ 大丈夫ですか? セジュ…』
『……ソルォン公 すみません
少しの間 1人でいたいのです ほんの少しだけ』
『分かりました』
(徳曼(トンマン)… まさか徳曼(トンマン)が望んでいるのは…)
ミシルは 徳曼(トンマン)のこれまでの言葉を思い返す
「希望はその苦痛や疲労に耐える力を与えます
希望と夢を持った民は 神国を豊かにするでしょう
私と同じ夢を見る者たちと 私は新羅(シルラ)をつくっていきます」
※新羅(シルラ):朝鮮半島南東部から発展し 後に三国を統一
(王になるのが望みだったのか あの日から いやずっと前からそんな夢を?)
「やっと分かりました
これがチヌン大帝以降 新羅(シルラ)が発展しない理由です
セジュは 国の主ではないからです」
(主?)
「主でない者が 国や民のために夢を見られますか?」
(夢?私が主ではないから?そうなのか?
私が主でないから 夢さえ持てなかったのか? このミシルが…)
父ソルォンのもとへ宝宗(ポジョン)が来る
『父上』
『戻ったか』
『徳曼(トンマン)王女が副君(プグン)になると宣言を』
『私も聞いた』
『母上に…』
『やめろ 1人でいたいそうだ』
『とんでもない話です 女の副君(プグン)などあり得ないことです』
『それは問題ではない お前の母が受けた衝撃はあまりに大きい』
『あきれた話です 驚かれて当然ですよ』
『セジュは 王妃になることだけを夢見ていた
だが 王になるなど考えもつかなかった夢だ
セジュが乗り越えられるのを 待つしかない』
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