善徳女王 50話#1 合従(がっしょう)
『息子です』
『はい?何ですと?!!!今何と言いました?』
『どういうことです姉上!』
『毗曇(ピダム)は私と真智(チンジ)王の息子であるヒョンジョンです』
ミシルの告白に 美生(ミセン)と夏宗(ハジョン)は驚き
世宗(セジョン)は涙ぐみ言葉もない
同じ時 毗曇(ピダム)は徳曼(トンマン)に…
『ミシルと私は… 何の関係もありません』
『そうなのか?』
『はい 私が大耶(テヤ)城に行ったのはただ…』
『もういい お前が言うならそうなのだろう』
徳曼(トンマン)は 1人になり考え込む
(毗曇(ピダム)は なぜ私にウソを?)
大耶(テヤ)城では 世宗(セジョン)とソルォンが作戦を練っている
『西門と東門 そして北門にも 城門すべてに兵を3組ずつ配置しました』
『城内にある兵糧米は2500石です 支援がなくても1年は持ちます』
『それに 呼びかけに太守が1人でも応じれば 他の太守も動くでしょう』
『そうなれば大耶(テヤ)城一帯の我々の勢力は大幅に増します
もう一度太守に書状を送ります』
2人の話に ミシルは無反応だった
『セジュ 聞いていらっしゃいますか?』
『ああ…はい 進めてください』
徳曼(トンマン)の執務室でも…
『それでは ソヒョン公は内戦に持ち込むべきだと?』
『もう内戦も同然です 他に方法はない』
『しかし大耶(テヤ)城は難攻不落の城です 落城したことがない』
『だから 圧倒的な兵力で一気に落とすべきです』
『そんな兵力がありますか チュジン公の上州停(サンジュジョン)と
チヌェ公の良州停(ヤンジュジョン)では1万です』
キム・ソヒョンの意見に同意できないユシンと閼川(アルチョン)
月夜(ウォルヤ)が意見を挟む
『ですが 国境に兵がいるのでは?』
『国境の兵は使えない』
『なぜだ 事態を終結させる唯一の方法では?』
『いいえ いけません!』
ここで徳曼(トンマン)が厳しく否定する
『国境の兵は動かせません
百済(ペクチェ)との前線が崩れれば 今よりもっと危険な状態になります』
※百済(ペクチェ):三国時代に朝鮮半島南西部にあった国
『王女様 ミシルが先に国境の兵を使う可能性も』
『いいえ ミシルも前線の兵には手を出さないはず』
徳曼(トンマン)の読みどおり ミシルは…
『前線の兵力はいけません!
前線の兵力の均衡が崩れることは 神国の崩壊を意味します』
※神国:新羅(シルラ)の別称
『ですがセジュ 一挙に勢力を盛り返す唯一の方法です』
『そうですよ母上!国境の軍を動かせばすぐに勝負がつきます』
『いけません!!!軽率な行動はしないように
前線への通達や兵の移動は絶対にしてはなりません 分かりましたか?』
広く徐羅伐(ソラボル)を見渡せる見張り台の
以前はミシルが座していたその場所で 徳曼(トンマン)は深く考え込んでいる
そこへ毗曇(ピダム)が現れ…
※徐羅伐(ソラボル):新羅(シルラ)の首都 現在の慶州(キョンジュ)
『お悩みですか?』
『お前も 内戦は避けられないと?』
『戦を恐れているのですか?戦の後が心配なのですか?』
『むごい傷跡が残ってしまう
その傷を癒すのに 多くの時間と努力が必要でしょう
私の国で 私の民を相手に戦うことほどつらいことはない
だから すぐに決着をつけたいが 大耶(テヤ)城は長期戦になるだろう』
そこへ 竹方(チュクパン)と高島(コド)がやって来る
『あの…王女様』
(お前から話してくれ)
(兄貴から言えよ!)
いつになく遠慮がちにしている2人
『何ですか?』
『実は…私たちも考えてみたのです あのですね…
秦は魏を征服する時 貯水池の水で大梁(テリャン)城を水攻めにしました』
『そうです 我々も黄江(ファンガン)の水を利用しては?』
※黄江(ファンガン):大耶(テヤ)城の水源となっている川
2人の進言に 考え込む徳曼(トンマン)
毗曇(ピダム)も興味を示すが…
『どうやって水攻めを? 今は梅雨でもないし水の量が少ない季節だ』
(だから言っただろ!)
(そうか 水の量が足りないのか…それは何とも残念だな
三韓の川は 東から西に流れるだろ?今俺たちは大耶(テヤ)城の東にいる
名案だったのに…残念だな)
(水が足りないって)
(失礼しました)
『いい案があれば また聞かせてください』
『はい』
竹方(チュクパン)のつぶやきにハッとなる毗曇(ピダム)
すごすごと帰っていく2人を呼び止める
『待った 今 何と?』
『はい? 水が足りないと』
『いや そうじゃなくて』
『我々は大耶(テヤ)城の東にいると』
毗曇(ピダム)は笑みを浮かべ…
『王女様 一気に決着がつけられます いらしてください』
2人を残して徳曼(トンマン)を連れて行く毗曇(ピダム)
『おい 俺はまたいい案を出したみたいだな 俺たちは東にいる 東に…』
自分の名案の意味を 竹方(チュクパン)自身はまったく気づいていない
執務室に戻り 毗曇(ピダム)は思いついた策を皆に話す
『黄山江(ファンサンガン)以外の川は東から西へ流れます
大耶(テヤ)城周辺の川や湖も同じです』
『水攻めにするのか?この季節に?』
『いや その反対だ 大耶(テヤ)城への水の流れを断つのです
兵糧米が豊富でも 水がなければどうなります?』
『だが 大耶(テヤ)城に流れる支流のすべてを把握できない』
『はい 小さな支流には 大量の毒を流そうと思います』
“毒”と聞き 表情が強張る一同
『そうすれば 大耶(テヤ)城の水がすべて枯渇するまで 15日ほどです
15日後には大耶(テヤ)城は地獄となる』
毗曇(ピダム)の目の奥に 残忍な炎が燃え上がる
厳しい表情でユシンが…
『王女様 そうなれば大耶(テヤ)城一帯は 数年間住めなくなります
多くの流民が出るでしょう 民の恨みを また恐怖で抑えるのですか?』
『……』
『王女様 よくお考えください 大耶(テヤ)城も王女様の土地です 王女様!』
『分かっています 毗曇(ピダム)の提案は採用しません』
自分の進言で何かが動いたと 自慢げな竹方(チュクパン)
『毗曇郎(ピダムラン)の表情を見たか?俺は名案を出したようだ』
『どんな?』
『分からない 自分で言ったくせに分からないんだ』
『いつもいいことを言っているのに 自分で気づいてない ハハハ…』
自慢されても それが何かは分からない
大風(テプン)と谷使欣(コクサフン)は大笑いする
『毗曇郎(ピダムラン)が何か考えついたと?』
『確かに そういう表情に見えたんだが…俺はどんな案を出したんだ?』
毗曇(ピダム)の提案を否定した徳曼(トンマン)は…
『はい 毗曇(ピダム)の戦術は使わないつもりです
ですが 別の意味で利用します』
『そうです 毗曇(ピダム)が言った戦術を 敵に流すのです』
徳曼(トンマン)とユシンは理解し合ったように笑顔になり
春秋(チュンチュ)と閼川(アルチョン)も納得した表情になる
『偽りの軍事機密を敵に流すのですね』
『水路を止め毒を流すという噂だけで
15日後には大耶(テヤ)城は地獄となります』
会議が終わった徳曼(トンマン)を 毗曇(ピダム)が追いかける
『王女様 ミシルと会談を?』
『……』
『ミシルを窮地に追い込む策を考えたのになぜ?』
『窮地に追い込むのも 会談をするためだ
ミシルには受け入れがたい提案を…』
『提案? というと…』
『これをミシルに…』
徳曼(トンマン)は ミシルへの書状を毗曇(ピダム)に渡した
『なぜ… 私に行かせるのです?』
『お前がミシルに渡すのだ 分かったか?』
徳曼(トンマン)の真意が分からないまま 毗曇(ピダム)はミシルに会う
『今度は使いを装って私を殺しに来たのか?』
『王女様が これを渡すようにと』
『王女が?』
書状を読んだミシルは 微かに笑みを浮かべた
『私と2人きりで会いたいと…
そちらが降伏しないなら会う理由はない』
『なぜです?怖いのですか?』
『怖い?徳曼(トンマン)が?』
『セジュ 少しよろしいでしょうか?』
深刻な表情をしたソルォンが入って来て ミシルを別室へ連れて行く
密偵からの報告書を読むミシル
『川をすべてせき止めて支流には毒を流すと?』
『はい 大耶(テヤ)城は東からの敵と戦ったことがありません
こんな弱点があるとは思いませんでした』
『これは王女側の軍事機密ではないですか』
『はい おそらく恐怖心をあおるためでしょう わざと送ったのです』
『城内の兵士たちも知っているのですか?』
『はい 噂が広まっていると思います』
『恐怖心とは… 徳曼(トンマン)には戦う気がない』
『はい?』
ミシルは 毗曇(ピダム)のいる部屋へ戻る
『私を追い込み 手を差し伸べる気か?』
『……』
『やってみなさい 水路を止め毒を流せばいい!
そんなことを私が怖がるとでも?』
『本当に怖くないなら 会うべきではないでしょうか』
徳曼(トンマン)は 毗曇(ピダム)が大耶(テヤ)城でミシルに会っている間に
ユシンたちの前でミシルとの会談の真意について話す
『ミシルと和解し 連合を組もうと思います』
『王女様 どういうことですか?政変を起こした者です』
『神国は大業を成し遂げるのです そのための合従です』
※合従(がっしょう):春秋戦国時代に 秦に対抗した六国の連合
『合従?』
『此度の計画でミシルを追い込めます このままいけば勝ちます!』
『そうです 合従などあり得ない話です』
閼川(アルチョン)と月夜(ウォルヤ)の反対に 徳曼(トンマン)が反論する
『戦おうと思えばいくらでも戦えます
しかし ミシルの側の者たちを粛正するのに何年もかかる
その混乱を収めて社会を安定させるには 数十年かかるかもしれない』
春秋(チュンチュ)が…
『ですが王女様 ミシルとの合従が可能でしょうか?』
徳曼(トンマン)の意志は 万明(マンミョン)夫人の口から
真平(チンピョン)王とマヤ王妃にも伝えられた
『合従とはどういうことだ?』
『王女様がミシルに 使いの者を送ったそうです』
『一体 何を考えているのでしょう』
会議が終わり キム・ユシンは徳曼(トンマン)に…
『私は 王女様のお考えを実現するために努力します
この先ずっとです ですが今回のことは分かりません
可能なのですか?そうしてもいいのですか?』
『もっとも切実な問題は 何だと言いましたか?』
ユシンは 徳曼(トンマン)との過去の会話を思い返す
「我々はミシルたちと違い 国を治めた経験がありません
今我々に最も必要なのは人材です」
ハッとなり 徳曼(トンマン)に向き直るユシン
『まさか… まさか王女様!』
『はい そのとおりです』
『ミシルを… 人材としてお考えに?』
『徐羅伐(ソラボル)に ミシルほどの人材がいますか?』
会談の場所に 先に到着したのは徳曼(トンマン)だった
毗曇(ピダム)が同行している
『兵は少し離して置きました
ユシンと閼川(アルチョン)が1000人の兵と待機中です』
ミシルが到着した
互いを見つめる徳曼(トンマン)とミシル
ミシルを見つめる毗曇(ピダム)の胸中にも 複雑な心境があった
『合従とは?』
『合従を通じて和解出来ればと思っています』
『なぜです 大耶(テヤ)城の弱点を突いて陥れようとしたのでは?
反乱軍を鎮圧し 皆殺しにすればいい』
『殺すには惜しいのです』
『……惜しい?』
『新羅(シルラ)は大業を成さねばなりません 人材が必要なのです』
『私のところには多くの人材がいます 誰が必要ですか?
ソルォン公?美生(ミセン)公?チルスク?』
『セジュ』
『はい』
『私が欲しい人材は… あなたです ミシルです』
お茶を飲むミシルの動きが止まる
ギロリと徳曼(トンマン)を睨むミシル
『セジュ 私の側につく気はありませんか?』
『……』
『セジュはもう 勝つことは出来ません 次を考えるべきでは?』
『それがすなわち 王女様の側につくことだと?』
『気に障るならこう考えてください 後継者を育てると
神国の主になれないなら 主になる後継者を育ててはいかがですか?』
言い難い屈辱と怒りを秘め ミシルが…
『主ですか… 国の主… この私は 国の主になれないのですか?』
『建国する以外に方法はありません でもそれに失敗した
もうセジュには 大神国の主になる方法は残されていません』
『国の主… 大神国… 井泉(チョンチョン)郡 道薩(トサル)城
韓多沙(ハンダサ)郡 速含(ソッカム)城 どんな場所かご存じで?』
『神国の最南端と最北端 そして最西端の国境では?』
『いいえ そうではない この私の血を注いだ土地だ!
私の愛する戦友と 郎徒(ナンド)や兵士たちが眠る土地だ!
遺体を回収できずに埋めた土地だ…』
※郎徒(ナンド):花郎(ファラン)である主に仕える構成員
話すうちに涙するミシルに いつしか徳曼(トンマン)も涙ぐむ
『それが新羅だ チヌン大帝と私が築き上げた神国の国境だ!!!
神国?国の主?お前に何が分かる?』
『……』
『サダハムを慕う心で この神国に恋をした
恋したから自分の物にしたかった』
『セジュ…』
『合従と言ったか?連合だと?
徳曼(トンマン) お前は恋を分け合えると?』
ミシルが先に席を立ち 去って行った
徳曼(トンマン)は 茫然とした表情で毗曇(ピダム)のもとへ…
『王女様 どうなりましたか?』
『……』
『王女様 私がミシルと話します お許しを』
毗曇(ピダム)は 去っていく輿の後を追った
剣を向けようとする兵士を チルスクが止める
『セジュとお話を!』
『何ですか?』
2人は 輿と兵から離れた場所へ
『決裂したのですか?』
『徳曼(トンマン)に聞け』
『勝てると思いますか?もう勝負は見えています』
『勝てないとしても 簡単に負けるつもりはない』
『…なぜですか?』
『その理由がないから』
『これなら… どうですか?』
毗曇(ピダム)は 赤い書状を取り出しミシルに突きつけた
徳曼(トンマン)に命じられ取りに行った小箱の中に入っていたものだ
徳曼(トンマン)にとっては切り札であり ミシルにとっては致命的な書状だった
それはチヌン大帝がソルォン公に宛てた ミシルを殺害せよという“勅書”
『これをご存じでしょう?』
自分よりも背が高く 立派に成長した息子を見上げるミシル
(結局 主の手に渡ったのか)
『王女様が持っていたのを… 私が隠しました』
『隠した?どうして? それを公開すれば私を滅ぼせるのに』
『強がらないでください』
『長期戦になれば私に従う者はもっと増えるはず それなのにどうして?
なぜ隠した? なぜ… その理由は?』
『あまりにも… 残酷なことだから』
『……』
『母上… あなたにとっては… 人生のすべてが否定されることになる
あなたは数十年も前に死ぬはずだった… 合従に応じてください
さもなくば… 公開します』
毗曇(ピダム)を抱きしめようとして ミシルは寸前でとどまった
苦渋に顔をしかめ 振り切るようにして立ち去った
残された毗曇(ピダム)の頬には 涙が…
徳曼(トンマン)は 待機していた兵の前に立ち宣言した
『ミシルは 応じなかった 今から内戦に突入します!
ユシン郎(ラン) 作戦を立ててください』
『はい』
『閼川郎(アルチョンラン)
黄江(ファンガン)の水をせき止めた後 それを敵に知らせてください』
『はい』
『ヨムジョンは密偵を使って噂を広めてください 王女が毒を流したと』
『はい』
『月夜郎(ウォルヤラン) 雪地(ソルチ) 竹方(チュクパン)は軍を率いて
大耶(テヤ)城を監視するように』
『はい』
会談の様子を報告するソルォンの話に驚く世宗(セジョン)たち
『合従だと?』
『合従ですか?!!!』
『はい セジュは応じませんでした』
『当然でしょう!その後で皆殺しにする気だ』
『王女は本気だとセジュが言っていました 殺しはしないと』
『はい?』
世宗(セジョン) 夏宗(ハジョン) 美生(ミセン)の表情が変わる
負けることはすなわち死を意味すると覚悟を決めていたのだが しかし…
『我々の軍は強いのでご心配なく』
『そ…そのとおりです 周辺の貴族も援軍を送ってくれます』
そこへ 宝宗(ポジョン)が慌てて入ってくる
『父上!草八兮(チョパルへ)県を守っていたムウン将軍の部隊が
全員 王女に投降したそうです
王女が毒を流したという噂のせいで 脱走兵も増えています』
兵士たちは明らかに動揺していた
皆を代表するようにサンタクが 井戸の前で…
『この井戸の水にも毒が入ってるんだろ!』
『俺たちも今のうちに逃げなくちゃ!』
『そうだな 毒で死ぬのも脱走で死ぬのも同じだ』
『何の話だ』
石品(ソクプム)が現れ 皆が下を向く
構わず井戸水を飲もうとする石品(ソクプム)
『ダメです!もう毒が入っているかもしれません』
『すべての水に毒を混ぜるには大量の毒が必要だ』
水を飲み干す石品(ソクプム)にサンタクが…
『ですが脱走兵もかなり増えています』
『怖いなら逃げろ ただし… 私に捕まるな』
『……』
『最後までセジュに従い セジュと志を同じくする者だけ残れ!
セジュをお守りする』
『はい?何ですと?!!!今何と言いました?』
『どういうことです姉上!』
『毗曇(ピダム)は私と真智(チンジ)王の息子であるヒョンジョンです』
ミシルの告白に 美生(ミセン)と夏宗(ハジョン)は驚き
世宗(セジョン)は涙ぐみ言葉もない
同じ時 毗曇(ピダム)は徳曼(トンマン)に…
『ミシルと私は… 何の関係もありません』
『そうなのか?』
『はい 私が大耶(テヤ)城に行ったのはただ…』
『もういい お前が言うならそうなのだろう』
徳曼(トンマン)は 1人になり考え込む
(毗曇(ピダム)は なぜ私にウソを?)
大耶(テヤ)城では 世宗(セジョン)とソルォンが作戦を練っている
『西門と東門 そして北門にも 城門すべてに兵を3組ずつ配置しました』
『城内にある兵糧米は2500石です 支援がなくても1年は持ちます』
『それに 呼びかけに太守が1人でも応じれば 他の太守も動くでしょう』
『そうなれば大耶(テヤ)城一帯の我々の勢力は大幅に増します
もう一度太守に書状を送ります』
2人の話に ミシルは無反応だった
『セジュ 聞いていらっしゃいますか?』
『ああ…はい 進めてください』
徳曼(トンマン)の執務室でも…
『それでは ソヒョン公は内戦に持ち込むべきだと?』
『もう内戦も同然です 他に方法はない』
『しかし大耶(テヤ)城は難攻不落の城です 落城したことがない』
『だから 圧倒的な兵力で一気に落とすべきです』
『そんな兵力がありますか チュジン公の上州停(サンジュジョン)と
チヌェ公の良州停(ヤンジュジョン)では1万です』
キム・ソヒョンの意見に同意できないユシンと閼川(アルチョン)
月夜(ウォルヤ)が意見を挟む
『ですが 国境に兵がいるのでは?』
『国境の兵は使えない』
『なぜだ 事態を終結させる唯一の方法では?』
『いいえ いけません!』
ここで徳曼(トンマン)が厳しく否定する
『国境の兵は動かせません
百済(ペクチェ)との前線が崩れれば 今よりもっと危険な状態になります』
※百済(ペクチェ):三国時代に朝鮮半島南西部にあった国
『王女様 ミシルが先に国境の兵を使う可能性も』
『いいえ ミシルも前線の兵には手を出さないはず』
徳曼(トンマン)の読みどおり ミシルは…
『前線の兵力はいけません!
前線の兵力の均衡が崩れることは 神国の崩壊を意味します』
※神国:新羅(シルラ)の別称
『ですがセジュ 一挙に勢力を盛り返す唯一の方法です』
『そうですよ母上!国境の軍を動かせばすぐに勝負がつきます』
『いけません!!!軽率な行動はしないように
前線への通達や兵の移動は絶対にしてはなりません 分かりましたか?』
広く徐羅伐(ソラボル)を見渡せる見張り台の
以前はミシルが座していたその場所で 徳曼(トンマン)は深く考え込んでいる
そこへ毗曇(ピダム)が現れ…
※徐羅伐(ソラボル):新羅(シルラ)の首都 現在の慶州(キョンジュ)
『お悩みですか?』
『お前も 内戦は避けられないと?』
『戦を恐れているのですか?戦の後が心配なのですか?』
『むごい傷跡が残ってしまう
その傷を癒すのに 多くの時間と努力が必要でしょう
私の国で 私の民を相手に戦うことほどつらいことはない
だから すぐに決着をつけたいが 大耶(テヤ)城は長期戦になるだろう』
そこへ 竹方(チュクパン)と高島(コド)がやって来る
『あの…王女様』
(お前から話してくれ)
(兄貴から言えよ!)
いつになく遠慮がちにしている2人
『何ですか?』
『実は…私たちも考えてみたのです あのですね…
秦は魏を征服する時 貯水池の水で大梁(テリャン)城を水攻めにしました』
『そうです 我々も黄江(ファンガン)の水を利用しては?』
※黄江(ファンガン):大耶(テヤ)城の水源となっている川
2人の進言に 考え込む徳曼(トンマン)
毗曇(ピダム)も興味を示すが…
『どうやって水攻めを? 今は梅雨でもないし水の量が少ない季節だ』
(だから言っただろ!)
(そうか 水の量が足りないのか…それは何とも残念だな
三韓の川は 東から西に流れるだろ?今俺たちは大耶(テヤ)城の東にいる
名案だったのに…残念だな)
(水が足りないって)
(失礼しました)
『いい案があれば また聞かせてください』
『はい』
竹方(チュクパン)のつぶやきにハッとなる毗曇(ピダム)
すごすごと帰っていく2人を呼び止める
『待った 今 何と?』
『はい? 水が足りないと』
『いや そうじゃなくて』
『我々は大耶(テヤ)城の東にいると』
毗曇(ピダム)は笑みを浮かべ…
『王女様 一気に決着がつけられます いらしてください』
2人を残して徳曼(トンマン)を連れて行く毗曇(ピダム)
『おい 俺はまたいい案を出したみたいだな 俺たちは東にいる 東に…』
自分の名案の意味を 竹方(チュクパン)自身はまったく気づいていない
執務室に戻り 毗曇(ピダム)は思いついた策を皆に話す
『黄山江(ファンサンガン)以外の川は東から西へ流れます
大耶(テヤ)城周辺の川や湖も同じです』
『水攻めにするのか?この季節に?』
『いや その反対だ 大耶(テヤ)城への水の流れを断つのです
兵糧米が豊富でも 水がなければどうなります?』
『だが 大耶(テヤ)城に流れる支流のすべてを把握できない』
『はい 小さな支流には 大量の毒を流そうと思います』
“毒”と聞き 表情が強張る一同
『そうすれば 大耶(テヤ)城の水がすべて枯渇するまで 15日ほどです
15日後には大耶(テヤ)城は地獄となる』
毗曇(ピダム)の目の奥に 残忍な炎が燃え上がる
厳しい表情でユシンが…
『王女様 そうなれば大耶(テヤ)城一帯は 数年間住めなくなります
多くの流民が出るでしょう 民の恨みを また恐怖で抑えるのですか?』
『……』
『王女様 よくお考えください 大耶(テヤ)城も王女様の土地です 王女様!』
『分かっています 毗曇(ピダム)の提案は採用しません』
自分の進言で何かが動いたと 自慢げな竹方(チュクパン)
『毗曇郎(ピダムラン)の表情を見たか?俺は名案を出したようだ』
『どんな?』
『分からない 自分で言ったくせに分からないんだ』
『いつもいいことを言っているのに 自分で気づいてない ハハハ…』
自慢されても それが何かは分からない
大風(テプン)と谷使欣(コクサフン)は大笑いする
『毗曇郎(ピダムラン)が何か考えついたと?』
『確かに そういう表情に見えたんだが…俺はどんな案を出したんだ?』
毗曇(ピダム)の提案を否定した徳曼(トンマン)は…
『はい 毗曇(ピダム)の戦術は使わないつもりです
ですが 別の意味で利用します』
『そうです 毗曇(ピダム)が言った戦術を 敵に流すのです』
徳曼(トンマン)とユシンは理解し合ったように笑顔になり
春秋(チュンチュ)と閼川(アルチョン)も納得した表情になる
『偽りの軍事機密を敵に流すのですね』
『水路を止め毒を流すという噂だけで
15日後には大耶(テヤ)城は地獄となります』
会議が終わった徳曼(トンマン)を 毗曇(ピダム)が追いかける
『王女様 ミシルと会談を?』
『……』
『ミシルを窮地に追い込む策を考えたのになぜ?』
『窮地に追い込むのも 会談をするためだ
ミシルには受け入れがたい提案を…』
『提案? というと…』
『これをミシルに…』
徳曼(トンマン)は ミシルへの書状を毗曇(ピダム)に渡した
『なぜ… 私に行かせるのです?』
『お前がミシルに渡すのだ 分かったか?』
徳曼(トンマン)の真意が分からないまま 毗曇(ピダム)はミシルに会う
『今度は使いを装って私を殺しに来たのか?』
『王女様が これを渡すようにと』
『王女が?』
書状を読んだミシルは 微かに笑みを浮かべた
『私と2人きりで会いたいと…
そちらが降伏しないなら会う理由はない』
『なぜです?怖いのですか?』
『怖い?徳曼(トンマン)が?』
『セジュ 少しよろしいでしょうか?』
深刻な表情をしたソルォンが入って来て ミシルを別室へ連れて行く
密偵からの報告書を読むミシル
『川をすべてせき止めて支流には毒を流すと?』
『はい 大耶(テヤ)城は東からの敵と戦ったことがありません
こんな弱点があるとは思いませんでした』
『これは王女側の軍事機密ではないですか』
『はい おそらく恐怖心をあおるためでしょう わざと送ったのです』
『城内の兵士たちも知っているのですか?』
『はい 噂が広まっていると思います』
『恐怖心とは… 徳曼(トンマン)には戦う気がない』
『はい?』
ミシルは 毗曇(ピダム)のいる部屋へ戻る
『私を追い込み 手を差し伸べる気か?』
『……』
『やってみなさい 水路を止め毒を流せばいい!
そんなことを私が怖がるとでも?』
『本当に怖くないなら 会うべきではないでしょうか』
徳曼(トンマン)は 毗曇(ピダム)が大耶(テヤ)城でミシルに会っている間に
ユシンたちの前でミシルとの会談の真意について話す
『ミシルと和解し 連合を組もうと思います』
『王女様 どういうことですか?政変を起こした者です』
『神国は大業を成し遂げるのです そのための合従です』
※合従(がっしょう):春秋戦国時代に 秦に対抗した六国の連合
『合従?』
『此度の計画でミシルを追い込めます このままいけば勝ちます!』
『そうです 合従などあり得ない話です』
閼川(アルチョン)と月夜(ウォルヤ)の反対に 徳曼(トンマン)が反論する
『戦おうと思えばいくらでも戦えます
しかし ミシルの側の者たちを粛正するのに何年もかかる
その混乱を収めて社会を安定させるには 数十年かかるかもしれない』
春秋(チュンチュ)が…
『ですが王女様 ミシルとの合従が可能でしょうか?』
徳曼(トンマン)の意志は 万明(マンミョン)夫人の口から
真平(チンピョン)王とマヤ王妃にも伝えられた
『合従とはどういうことだ?』
『王女様がミシルに 使いの者を送ったそうです』
『一体 何を考えているのでしょう』
会議が終わり キム・ユシンは徳曼(トンマン)に…
『私は 王女様のお考えを実現するために努力します
この先ずっとです ですが今回のことは分かりません
可能なのですか?そうしてもいいのですか?』
『もっとも切実な問題は 何だと言いましたか?』
ユシンは 徳曼(トンマン)との過去の会話を思い返す
「我々はミシルたちと違い 国を治めた経験がありません
今我々に最も必要なのは人材です」
ハッとなり 徳曼(トンマン)に向き直るユシン
『まさか… まさか王女様!』
『はい そのとおりです』
『ミシルを… 人材としてお考えに?』
『徐羅伐(ソラボル)に ミシルほどの人材がいますか?』
会談の場所に 先に到着したのは徳曼(トンマン)だった
毗曇(ピダム)が同行している
『兵は少し離して置きました
ユシンと閼川(アルチョン)が1000人の兵と待機中です』
ミシルが到着した
互いを見つめる徳曼(トンマン)とミシル
ミシルを見つめる毗曇(ピダム)の胸中にも 複雑な心境があった
『合従とは?』
『合従を通じて和解出来ればと思っています』
『なぜです 大耶(テヤ)城の弱点を突いて陥れようとしたのでは?
反乱軍を鎮圧し 皆殺しにすればいい』
『殺すには惜しいのです』
『……惜しい?』
『新羅(シルラ)は大業を成さねばなりません 人材が必要なのです』
『私のところには多くの人材がいます 誰が必要ですか?
ソルォン公?美生(ミセン)公?チルスク?』
『セジュ』
『はい』
『私が欲しい人材は… あなたです ミシルです』
お茶を飲むミシルの動きが止まる
ギロリと徳曼(トンマン)を睨むミシル
『セジュ 私の側につく気はありませんか?』
『……』
『セジュはもう 勝つことは出来ません 次を考えるべきでは?』
『それがすなわち 王女様の側につくことだと?』
『気に障るならこう考えてください 後継者を育てると
神国の主になれないなら 主になる後継者を育ててはいかがですか?』
言い難い屈辱と怒りを秘め ミシルが…
『主ですか… 国の主… この私は 国の主になれないのですか?』
『建国する以外に方法はありません でもそれに失敗した
もうセジュには 大神国の主になる方法は残されていません』
『国の主… 大神国… 井泉(チョンチョン)郡 道薩(トサル)城
韓多沙(ハンダサ)郡 速含(ソッカム)城 どんな場所かご存じで?』
『神国の最南端と最北端 そして最西端の国境では?』
『いいえ そうではない この私の血を注いだ土地だ!
私の愛する戦友と 郎徒(ナンド)や兵士たちが眠る土地だ!
遺体を回収できずに埋めた土地だ…』
※郎徒(ナンド):花郎(ファラン)である主に仕える構成員
話すうちに涙するミシルに いつしか徳曼(トンマン)も涙ぐむ
『それが新羅だ チヌン大帝と私が築き上げた神国の国境だ!!!
神国?国の主?お前に何が分かる?』
『……』
『サダハムを慕う心で この神国に恋をした
恋したから自分の物にしたかった』
『セジュ…』
『合従と言ったか?連合だと?
徳曼(トンマン) お前は恋を分け合えると?』
ミシルが先に席を立ち 去って行った
徳曼(トンマン)は 茫然とした表情で毗曇(ピダム)のもとへ…
『王女様 どうなりましたか?』
『……』
『王女様 私がミシルと話します お許しを』
毗曇(ピダム)は 去っていく輿の後を追った
剣を向けようとする兵士を チルスクが止める
『セジュとお話を!』
『何ですか?』
2人は 輿と兵から離れた場所へ
『決裂したのですか?』
『徳曼(トンマン)に聞け』
『勝てると思いますか?もう勝負は見えています』
『勝てないとしても 簡単に負けるつもりはない』
『…なぜですか?』
『その理由がないから』
『これなら… どうですか?』
毗曇(ピダム)は 赤い書状を取り出しミシルに突きつけた
徳曼(トンマン)に命じられ取りに行った小箱の中に入っていたものだ
徳曼(トンマン)にとっては切り札であり ミシルにとっては致命的な書状だった
それはチヌン大帝がソルォン公に宛てた ミシルを殺害せよという“勅書”
『これをご存じでしょう?』
自分よりも背が高く 立派に成長した息子を見上げるミシル
(結局 主の手に渡ったのか)
『王女様が持っていたのを… 私が隠しました』
『隠した?どうして? それを公開すれば私を滅ぼせるのに』
『強がらないでください』
『長期戦になれば私に従う者はもっと増えるはず それなのにどうして?
なぜ隠した? なぜ… その理由は?』
『あまりにも… 残酷なことだから』
『……』
『母上… あなたにとっては… 人生のすべてが否定されることになる
あなたは数十年も前に死ぬはずだった… 合従に応じてください
さもなくば… 公開します』
毗曇(ピダム)を抱きしめようとして ミシルは寸前でとどまった
苦渋に顔をしかめ 振り切るようにして立ち去った
残された毗曇(ピダム)の頬には 涙が…
徳曼(トンマン)は 待機していた兵の前に立ち宣言した
『ミシルは 応じなかった 今から内戦に突入します!
ユシン郎(ラン) 作戦を立ててください』
『はい』
『閼川郎(アルチョンラン)
黄江(ファンガン)の水をせき止めた後 それを敵に知らせてください』
『はい』
『ヨムジョンは密偵を使って噂を広めてください 王女が毒を流したと』
『はい』
『月夜郎(ウォルヤラン) 雪地(ソルチ) 竹方(チュクパン)は軍を率いて
大耶(テヤ)城を監視するように』
『はい』
会談の様子を報告するソルォンの話に驚く世宗(セジョン)たち
『合従だと?』
『合従ですか?!!!』
『はい セジュは応じませんでした』
『当然でしょう!その後で皆殺しにする気だ』
『王女は本気だとセジュが言っていました 殺しはしないと』
『はい?』
世宗(セジョン) 夏宗(ハジョン) 美生(ミセン)の表情が変わる
負けることはすなわち死を意味すると覚悟を決めていたのだが しかし…
『我々の軍は強いのでご心配なく』
『そ…そのとおりです 周辺の貴族も援軍を送ってくれます』
そこへ 宝宗(ポジョン)が慌てて入ってくる
『父上!草八兮(チョパルへ)県を守っていたムウン将軍の部隊が
全員 王女に投降したそうです
王女が毒を流したという噂のせいで 脱走兵も増えています』
兵士たちは明らかに動揺していた
皆を代表するようにサンタクが 井戸の前で…
『この井戸の水にも毒が入ってるんだろ!』
『俺たちも今のうちに逃げなくちゃ!』
『そうだな 毒で死ぬのも脱走で死ぬのも同じだ』
『何の話だ』
石品(ソクプム)が現れ 皆が下を向く
構わず井戸水を飲もうとする石品(ソクプム)
『ダメです!もう毒が入っているかもしれません』
『すべての水に毒を混ぜるには大量の毒が必要だ』
水を飲み干す石品(ソクプム)にサンタクが…
『ですが脱走兵もかなり増えています』
『怖いなら逃げろ ただし… 私に捕まるな』
『……』
『最後までセジュに従い セジュと志を同じくする者だけ残れ!
セジュをお守りする』
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