善徳女王 57話#1 赤い兜の鬼神
『上将軍(サンジャングン)キム・ユシン』
『はい 陛下!』
『そなたを上将軍(サンジャングン)に再任し
此度の戦における王の全権と 軍の統帥権を委任する
新羅(シルラ)の領土を守り 神国を救え』
※上将軍(サンジャングン):大将軍(テジャングン)の下の武官
※新国:新羅(シルラ)の別称
『上将軍(サンジャングン)キム・ユシン 身命を賭して戦います!
ですが陛下 私は復耶会の件で嫌疑をかけられている身です』
善徳(ソンドク)女王に代わり 金春秋(キム・チュンチュ)が答える
『復耶会は 解体しました』
キム・ユシンと毗曇(ピダム)が 同時に驚きの表情になる
月夜(ウォルヤ)はすでに 下将軍(ハジャングン)として待機していたのだ
武芸道場において 月夜(ウォルヤ)は善徳(ソンドク)女王に名簿を渡す
『復耶会の名簿です
私 月夜(ウォルヤ)は 犯した罪は忠誠を以って償います』
『ですが陛下 復耶会ですぞ!』
大臣の1人が割って入る
『今は忠誠を誓っても いつまた…』
『彼らの戸籍を廃棄しました』
臣下に さらなる驚きが…
『この先 律令が変わっても 伽耶出身者を特定する術はなく
彼らを差別することはできません
世代が変われば 伽耶の者同士さえ出身が分からぬ日が来ます』
※伽耶:6世紀半ばに滅亡 朝鮮半島南部にあった国
『司量部(サリャンブ)に捕えられている復耶会の者を放免する』
※司量部(サリャンブ):王室のすべての部署を監察する部署
伽耶の戸籍簿と同様 善徳(ソンドク)女王は復耶会の名簿を焼き捨てた
『もはや 伽耶も伽耶の民も存在しない
ただ神国の民が存在するだけだ
命懸けで戦い 自らを救い
神国人として そなたたちの子孫たちが暮らす 神国を救え!』
『私 月夜(ウォルヤ)は! 命を懸けて神国を守ります!』
毗曇(ピダム)は 晴れて放免になったユシンと向き合う
『陛下はそなたを救うため 命を懸けたのだ』
『私を救うために 陛下が命を懸けた?
本気でそう考えているなら そなたは浅はかだ』
忌々しくユシンを睨みながら 毗曇(ピダム)は話題を変えた
『敵の騎兵は1日に8里を進む速さとか』
『ああ 信じられない速さゆえ 心配だ』
『馬に羽でもついてない限り 不可能だろう』
『だが 皆が戦場で経験したのだ』
『戦場を見ずに判断するのは禁物だから 断言はできぬ
だが その速さはどう考えても不可能だ』
『そうか?だがなぜ私にそんなことを?手柄を立ててほしくないだろう』
『もちろん お前に手柄を立てさせたくない
だが… そなたが負けるのはもっと嫌だ
神国と陛下のために 勝て ユシン』
高島(コド)たちが 再度の出陣のために会議を開いている
『ここが百済(ペクチェ)の陣営だ この山を迂回すると陣営がある』
※百済(ペクチェ):三国時代に 朝鮮半島南西部にあった国
そこへ 竹方(チュクパン)が現れ 皆に小さな木片を渡す
『受け取れ』
『これは?』
『お守りだ 落雷を受けたナツメの木片さ
それを持っていれば 矢や剣がよけていくそうだ
みんな 生きて戻れよ 絶対だぞ いいな』
出陣の時が来た
上将軍(サンジャングン)として ユシンが檄を飛ばす
『百済(ペクチェ)軍を打ち破り 神国を救え! 行くぞ 神国の兵たちよ!』
出陣して間もなく ユシン軍は敗残兵の行列とすれ違った
それは士気を下げるほどの悲惨な光景だった
便殿会議において 敗残兵の到着の報告がされる
『陛下 チュジン公が金城(クムソン)山で大敗し
南川(ナムチョン)へ後退しました』
『南川(ナムチョン)を過ぎれば すぐ押梁州(アンニャンジュ)です』
『押梁州(アンニャンジュ)の防御線まで崩れたら
徐羅伐(ソラボル)まで1日です』
『陛下 対策をお立てください』
※徐羅伐(ソラボル):新羅(シルラ)の首都 現在の慶州(キョンジュ)
そこへ 司量部令(サリャンブリョン)毗曇(ピダム)が現れ
善徳(ソンドク)女王の前に進み出る
『陛下 司量部令(サリャンブリョン)毗曇(ピダム)が命懸けで進言いたします
陛下は徐羅伐(ソラボル)から避難してください』
『避難だと?!』
それは あまりにも思いがけない進言だった
毗曇(ピダム)は 善徳(ソンドク)女王の前に書簡を差し出す
『司量部(サリャンブ)は 神国の危機に備え対策を立ててきました
大耶(テヤ)城が陥落した場合 3つの防御線を作り 避難を
百済(ペクチェ)の機動力を見ると 押梁州(アンニャンジュ)が突破されれば
敵は徐羅伐(ソラボル)まで丸1日もかからないでしょう
ユルポ県にある宮殿へ 朝廷のすべての部署を移し避難を
徐羅伐(ソラボル)は 私と司量部(サリャンブ)が命を懸けて守ります』
『それはなりません!』
キム・ソヒョンが 怒鳴り声でその進言に異を唱えた
『陛下が徐羅伐(ソラボル)を離れれば 民はもっと混乱します』
『しかし押梁州(アンニャンジュ)はここから目と鼻の先です
陛下や王族の方々に危険が及びかねません!』
『突破されたら 陛下や王室の安全も保証できません』
美生(ミセン)と夏宗(ハジョン)が 理路整然と言い返す
『避難は断じてなりません!』
『避難すべきです!』
『いいえ 避難はできません!』
毗曇(ピダム)の進言により 会議は混乱する
一方 ユシン軍は押梁州(アンニャンジュ)の本陣に到着し
チュジン公から現在の状況を聞いていた
『百済(ペクチェ)軍の本陣はここです
遊軍の動きは まだ把握できておりません』
※遊軍:本隊の指示なく戦場の状況で動く別動隊
『遊軍か』
『1日に8里を進む速さの神出鬼没な部隊で
現れるまで位置も特定できません』
『本当に そんな速さで移動を?』
『はい その上 遊軍を率いる将軍は 驚くべき強さです』
『例の赤い兜の男ですか』
『そうです 上将軍(サンジャングン)』
さっそくユシン軍の兵士が負傷し 大勢が担ぎ込まれた
駆け付けた雪地(ソルチ)は目を疑う
『どうした!』
『百済(ペクチェ)軍は皆 鬼神です
姿を消したと思ったら 瞬時に背後から現れました』
『そんなことが可能なのか?瞬時に背後へ回るなど不可能だ!』
『だから鬼神と言っているのです 赤い兜の鬼神…』
兵士たちは 負傷した傷の痛みよりも
鬼神の怖さに震え上がり 怯えているようだった
報告を受けたキム・ユシンは チュジン公を一喝する
『鬼神などと 二度と口にしないでください
その呼び名が兵の恐怖をあおっているのです!』
『気をつけます』
『戦は人が行うものです 鬼神などそんな幻想はありえません』
『ですが 日に8里は幻想ではありません
皆がそれを目の当たりにしています』
そこへ 林宗(イムジョン)が知らせに駆け込んでくる
『遊軍が現れました!』
『どこだ』
『ヨンギ谷を通過したと』
『ならばサニュジェを攻撃する気か!』
『サニュジェは高島(コド)隊大監(テデガム)が防御陣を』
※隊大監(テデガム):軍営の武官職
高島(コド)は 高台から遊軍の動きを捉えていた
『いたぞ 赤兜だ』
『どうしますか?』
『私の合図で一斉攻撃だ』
『はい!』
充分に敵を引きつけ 高島(コド)は赤兜の遊軍を一斉攻撃する
怯んだ遊軍は 来た道を引き返し退却して行った
『追いかけますか?』
『陣を張ったら動くなと 上将軍(サンジャングン)に言われている
陣を組み直せ!』
『はい!』
月夜(ウォルヤ)がユシンに進言する
『サニュジェの兵を増員すべきでは?』
『遊軍の動きに踊らされてはならぬ 足の速い部隊なら追っても無駄だ
まず 実態を把握しなければ 連中の実態を…』
遊軍が撤退してすぐ 何気なく振り返った大風(テプン)が青ざめる
『ペ…百済(ペクチェ)軍だぁ!!!』
『背後から現れるとはどういうことだ!!!』
今退却して行った逆の方向から 赤兜の遊軍が迫ってくる
1本道のこの場所で とても考えられないことが起きたのだった
『攻撃せよーーーっ!!!』
陣を組み直す暇もなく 高島(コド)たちは攻め込まれてしまう
赤兜と戦う高島(コド)は 丸太を振り回し応戦する
しかし 怪力で名の知れた高島(コド)が振り回す丸太を
赤兜は いとも簡単に高島(コド)と丸太ごと投げ飛ばしてしまった…!
(この私を投げ飛ばしたのか?こいつは人間じゃない…)
剣でも弓でもない 怪力で負けることこそ高島(コド)には屈辱であった
こうして 高島(コド)の部隊も惨敗に終わってしまった
徐羅伐(ソラボル)の宮殿では 王室内の会議が開かれていた
キム・ソヒョン 万明(マンミョン)夫人 ヨンチュン公が
善徳(ソンドク)女王に対し 必死に進言する
『陛下 なりません 避難は軍の士気にも関わります』
『陛下が徐羅伐(ソラボル)を離れれば 軍も民も動揺するでしょう』
『毗曇(ピダム)公や その一派の計略とも考えられます』
しかし善徳(ソンドク)女王は…
『今は計略かどうかより 神国を守ることを考えねば』
『ですが…』
『もちろん 民を置いて逃げたりはしません ただ…』
司量部(サリャンブ)でも 美生(ミセン) ヨムジョン 宝宗(ポジョン)が
同じように議論している
『押梁州(アンニャンジュ)が突破されたら次は永川(ヨンチョン)だ
徐羅伐(ソラボル)から目と鼻の先です』
『兵の準備は進めています』
『しかし 敵は2万もの大軍です』
『だから避難すべきと言っておるのに!』
『そのとおりです!』
遅れて夏宗(ハジョン)が現れる
『何としても陛下を避難させねば
ユシンが敗れ 陛下が避難し 我々が徐羅伐(ソラボル)を掌握すれば
軍事権は毗曇(ピダム)のものになります』
『それはまだ先のことですよ
まずは百済(ペクチェ)軍を撃退せねばなりません』
『神国の運命がかかっているのですよ』
浅はかな夏宗(ハジョン)の考えに 皆呆れ返る
『そんなことは私も分かっている だが危機は最大の好機だ
司量部令(サリャンブリョン)は この危機を利用し
この機に 失われた勢力を取り戻す気だ 分かってないな!』
知らぬ間に入って来た毗曇(ピダム)に気づき 一同に緊張が走る
いつになく 毗曇(ピダム)の眼光が鋭かったからだ
『夏宗(ハジョン)公 私は神国の危機を前にして 他の考えなどありません』
『我々にまで本音を隠さなくても… ハハハ…』
ギロリと睨みつけられ さすがに夏宗(ハジョン)も押し黙る
『分かったよ… バカな話はやめる』
王室の中でただ一人 金春秋(キム・チュンチュ)だけが異を唱える
『どうか避難を 徐羅伐(ソラボル)には私が残ります』
『いいや 私は行かぬ 春秋(チュンチュ)そなたが避難しろ』
『陛下』
『ここが陥落したら そなたが戦の指揮を』
『陛下を残して避難などできません』
『兵たちが命懸けで戦っている
私が徐羅伐(ソラボル)から離れたと 知らせるわけにいかない』
『陛下のお命は神国のものです 陛下の安全が神国の安全です』
『そなたがいる』
『ですが徐羅伐(ソラボル)が…』
『徐羅伐(ソラボル)が毗曇(ピダム)に掌握されると?』
『……』
『心配するな 私がここに残る 私は決して徐羅伐(ソラボル)から離れぬ』
司量部(サリャンブ)の執務室に サンタクが駆け込んでくる
『司量部令(サリャンブリョン)!』
『何事だ』
『陛下がお呼びです』
善徳(ソンドク)女王と向かい合う毗曇(ピダム)
『私は避難する気はない
私の代わりに春秋(チュンチュ)を避難させよ 私は徐羅伐(ソラボル)に残る
万が一徐羅伐(ソラボル)が陥落したら 春秋(チュンチュ)に戦を指揮させる
それに沿って作戦を立てよ』
『陛下… 私はユシンとは違います ユシンは神国のために割り切れますが
私は割り切れません 私には無理です』
『毗曇(ピダム)』
善徳(ソンドク)女王の前に 書簡を広げる
『司量部(サリャンブ)が立てた対策です
陛下はユルポ県に避難し 我々が徐羅伐(ソラボル)を守ります』
『私は行かぬ』
『……私に徐羅伐(ソラボル)を任せるのが不安ですか 私が信じられぬと?』
『そうではない』
『ならば… なぜ私を見ないのですか』
一度も毗曇(ピダム)の方へ視線を移さない善徳(ソンドク)女王
毗曇(ピダム)は 悲しげに善徳(ソンドク)女王を見つめる
『ミシルを死に追いやったのは私です 私は!!! 陛下のために…』
『私を恨んでいるのか』
初めて 善徳(ソンドク)女王は毗曇(ピダム)の方を向く
『変わられましたね』
『……』
『初めてお会いした時 私は陛下を引渡し 薬草を手に入れようとしました
そんな私に陛下は“ありがとう”と… その理由が何であったにせよ
私には初めての言葉でした 私を責めぬ唯一のお方でした
世間が無礼と言う振る舞いは 自信の表れだとおっしゃり
世間が残酷だと言う行為も 陛下は勇敢だと言ってくださった
世間が卑怯だと私を責めても 知略だと言って褒めてくださいました』
『……』
『母を亡くした時も 先ほどのように私を責めず!
ただ 抱きしめてくださいました』
『もうよい やめよ』
『それなのに なぜです?
私の真心は計略であり 陛下を守りたい私の心は!
徐羅伐(ソラボル)を得ようとする欲だと?
私の真心が… もう見えないのですか?』
『……』
ポロポロと涙を流す毗曇(ピダム)
その熱い視線に 善徳(ソンドク)女王は必死に耐えた
毗曇(ピダム)が退席し ふと 出会いの時のことを思い返す
「こいつに手出ししたら皆殺しだ」
「今度無茶な真似をされたら 助けませんよ」
常に善徳(ソンドク)女王を守り抜き
いつでも真っ直ぐに心を表していた
「時々 子供のようになる そんなに嬉しいか?」
「王女様が私を信じて下さるから」
「でも私には話してほしかった」
「でも…話したとして 王女様にまで見捨てられたら?」
押梁州(アンニャンジュ) 新羅(シルラ)の本陣では
深手を負った高島(コド)の前に ユシンが…
『上将軍(サンジャングン)』
『怪我の具合は?』
『大丈夫です 面目ありません』
『例の赤兜か?』
『…歯が立ちませんでした 恐ろしい奴です』
『遊軍の様子は?』
『遊軍が退却した後 追わずに陣を整えていたら ふいに背後から現れました』
『背後から?敵が現れるまでの時間は?』
『1刻は過ぎましたが 2刻は経っていません』
キム・ユシンは 直ちに作戦会議を開く
『2刻ですと?』
『その間にこの山を回ってきた』
『2刻の間にこの距離を?』
『あの山道をですか その話が事実なら…1日に9里を進む速さです』
『まさかそんな…』
『可能なのか?』
『ありえん』
『静かにせよ!この地点で消えた後 斥候から報告がないなら
まだ遊軍はこの辺りに隠れている
そこで 渓谷沿いにおびきよせ全滅させる
乗馬に長けた朴義(パグィ)に任せる』
『はい 上将軍(サンジャングン)!』
『ここの坂道を下ると 浅い池がある
その脇の泥道を通って ファヨン峰へ誘い出せ』
『はい』
『私と徳充(トクチュン)と林宗(イムジョン)は ここで待ち伏せを
林宗(イムジョン)の弓部隊が攻撃する間
私と徳充(トクチュン)は軍を率い 側面から攻撃を』
『はい』
高島(コド)が…
『泥道は 敵の速度を落とすためですか』
『そうではない チュジン公は本陣の守りを』
『承知しました』
『皆 配置につけ』
『はい!』
ニヤリと笑い ユシンは高島(コド)の質問に答えなかった
皆が配置につく中 月夜(ウォルヤ)が憤慨してユシンに詰め寄る
『上将軍(サンジャングン)!なぜ私を外すのです』
『心外か』
『敵の機動力を制するのは弓部隊です! 我々は…!』
『待つのだ 戦で決定的な勝機は一度しかない
そなたの部隊は その時に使う』
『はい 陛下!』
『そなたを上将軍(サンジャングン)に再任し
此度の戦における王の全権と 軍の統帥権を委任する
新羅(シルラ)の領土を守り 神国を救え』
※上将軍(サンジャングン):大将軍(テジャングン)の下の武官
※新国:新羅(シルラ)の別称
『上将軍(サンジャングン)キム・ユシン 身命を賭して戦います!
ですが陛下 私は復耶会の件で嫌疑をかけられている身です』
善徳(ソンドク)女王に代わり 金春秋(キム・チュンチュ)が答える
『復耶会は 解体しました』
キム・ユシンと毗曇(ピダム)が 同時に驚きの表情になる
月夜(ウォルヤ)はすでに 下将軍(ハジャングン)として待機していたのだ
武芸道場において 月夜(ウォルヤ)は善徳(ソンドク)女王に名簿を渡す
『復耶会の名簿です
私 月夜(ウォルヤ)は 犯した罪は忠誠を以って償います』
『ですが陛下 復耶会ですぞ!』
大臣の1人が割って入る
『今は忠誠を誓っても いつまた…』
『彼らの戸籍を廃棄しました』
臣下に さらなる驚きが…
『この先 律令が変わっても 伽耶出身者を特定する術はなく
彼らを差別することはできません
世代が変われば 伽耶の者同士さえ出身が分からぬ日が来ます』
※伽耶:6世紀半ばに滅亡 朝鮮半島南部にあった国
『司量部(サリャンブ)に捕えられている復耶会の者を放免する』
※司量部(サリャンブ):王室のすべての部署を監察する部署
伽耶の戸籍簿と同様 善徳(ソンドク)女王は復耶会の名簿を焼き捨てた
『もはや 伽耶も伽耶の民も存在しない
ただ神国の民が存在するだけだ
命懸けで戦い 自らを救い
神国人として そなたたちの子孫たちが暮らす 神国を救え!』
『私 月夜(ウォルヤ)は! 命を懸けて神国を守ります!』
毗曇(ピダム)は 晴れて放免になったユシンと向き合う
『陛下はそなたを救うため 命を懸けたのだ』
『私を救うために 陛下が命を懸けた?
本気でそう考えているなら そなたは浅はかだ』
忌々しくユシンを睨みながら 毗曇(ピダム)は話題を変えた
『敵の騎兵は1日に8里を進む速さとか』
『ああ 信じられない速さゆえ 心配だ』
『馬に羽でもついてない限り 不可能だろう』
『だが 皆が戦場で経験したのだ』
『戦場を見ずに判断するのは禁物だから 断言はできぬ
だが その速さはどう考えても不可能だ』
『そうか?だがなぜ私にそんなことを?手柄を立ててほしくないだろう』
『もちろん お前に手柄を立てさせたくない
だが… そなたが負けるのはもっと嫌だ
神国と陛下のために 勝て ユシン』
高島(コド)たちが 再度の出陣のために会議を開いている
『ここが百済(ペクチェ)の陣営だ この山を迂回すると陣営がある』
※百済(ペクチェ):三国時代に 朝鮮半島南西部にあった国
そこへ 竹方(チュクパン)が現れ 皆に小さな木片を渡す
『受け取れ』
『これは?』
『お守りだ 落雷を受けたナツメの木片さ
それを持っていれば 矢や剣がよけていくそうだ
みんな 生きて戻れよ 絶対だぞ いいな』
出陣の時が来た
上将軍(サンジャングン)として ユシンが檄を飛ばす
『百済(ペクチェ)軍を打ち破り 神国を救え! 行くぞ 神国の兵たちよ!』
出陣して間もなく ユシン軍は敗残兵の行列とすれ違った
それは士気を下げるほどの悲惨な光景だった
便殿会議において 敗残兵の到着の報告がされる
『陛下 チュジン公が金城(クムソン)山で大敗し
南川(ナムチョン)へ後退しました』
『南川(ナムチョン)を過ぎれば すぐ押梁州(アンニャンジュ)です』
『押梁州(アンニャンジュ)の防御線まで崩れたら
徐羅伐(ソラボル)まで1日です』
『陛下 対策をお立てください』
※徐羅伐(ソラボル):新羅(シルラ)の首都 現在の慶州(キョンジュ)
そこへ 司量部令(サリャンブリョン)毗曇(ピダム)が現れ
善徳(ソンドク)女王の前に進み出る
『陛下 司量部令(サリャンブリョン)毗曇(ピダム)が命懸けで進言いたします
陛下は徐羅伐(ソラボル)から避難してください』
『避難だと?!』
それは あまりにも思いがけない進言だった
毗曇(ピダム)は 善徳(ソンドク)女王の前に書簡を差し出す
『司量部(サリャンブ)は 神国の危機に備え対策を立ててきました
大耶(テヤ)城が陥落した場合 3つの防御線を作り 避難を
百済(ペクチェ)の機動力を見ると 押梁州(アンニャンジュ)が突破されれば
敵は徐羅伐(ソラボル)まで丸1日もかからないでしょう
ユルポ県にある宮殿へ 朝廷のすべての部署を移し避難を
徐羅伐(ソラボル)は 私と司量部(サリャンブ)が命を懸けて守ります』
『それはなりません!』
キム・ソヒョンが 怒鳴り声でその進言に異を唱えた
『陛下が徐羅伐(ソラボル)を離れれば 民はもっと混乱します』
『しかし押梁州(アンニャンジュ)はここから目と鼻の先です
陛下や王族の方々に危険が及びかねません!』
『突破されたら 陛下や王室の安全も保証できません』
美生(ミセン)と夏宗(ハジョン)が 理路整然と言い返す
『避難は断じてなりません!』
『避難すべきです!』
『いいえ 避難はできません!』
毗曇(ピダム)の進言により 会議は混乱する
一方 ユシン軍は押梁州(アンニャンジュ)の本陣に到着し
チュジン公から現在の状況を聞いていた
『百済(ペクチェ)軍の本陣はここです
遊軍の動きは まだ把握できておりません』
※遊軍:本隊の指示なく戦場の状況で動く別動隊
『遊軍か』
『1日に8里を進む速さの神出鬼没な部隊で
現れるまで位置も特定できません』
『本当に そんな速さで移動を?』
『はい その上 遊軍を率いる将軍は 驚くべき強さです』
『例の赤い兜の男ですか』
『そうです 上将軍(サンジャングン)』
さっそくユシン軍の兵士が負傷し 大勢が担ぎ込まれた
駆け付けた雪地(ソルチ)は目を疑う
『どうした!』
『百済(ペクチェ)軍は皆 鬼神です
姿を消したと思ったら 瞬時に背後から現れました』
『そんなことが可能なのか?瞬時に背後へ回るなど不可能だ!』
『だから鬼神と言っているのです 赤い兜の鬼神…』
兵士たちは 負傷した傷の痛みよりも
鬼神の怖さに震え上がり 怯えているようだった
報告を受けたキム・ユシンは チュジン公を一喝する
『鬼神などと 二度と口にしないでください
その呼び名が兵の恐怖をあおっているのです!』
『気をつけます』
『戦は人が行うものです 鬼神などそんな幻想はありえません』
『ですが 日に8里は幻想ではありません
皆がそれを目の当たりにしています』
そこへ 林宗(イムジョン)が知らせに駆け込んでくる
『遊軍が現れました!』
『どこだ』
『ヨンギ谷を通過したと』
『ならばサニュジェを攻撃する気か!』
『サニュジェは高島(コド)隊大監(テデガム)が防御陣を』
※隊大監(テデガム):軍営の武官職
高島(コド)は 高台から遊軍の動きを捉えていた
『いたぞ 赤兜だ』
『どうしますか?』
『私の合図で一斉攻撃だ』
『はい!』
充分に敵を引きつけ 高島(コド)は赤兜の遊軍を一斉攻撃する
怯んだ遊軍は 来た道を引き返し退却して行った
『追いかけますか?』
『陣を張ったら動くなと 上将軍(サンジャングン)に言われている
陣を組み直せ!』
『はい!』
月夜(ウォルヤ)がユシンに進言する
『サニュジェの兵を増員すべきでは?』
『遊軍の動きに踊らされてはならぬ 足の速い部隊なら追っても無駄だ
まず 実態を把握しなければ 連中の実態を…』
遊軍が撤退してすぐ 何気なく振り返った大風(テプン)が青ざめる
『ペ…百済(ペクチェ)軍だぁ!!!』
『背後から現れるとはどういうことだ!!!』
今退却して行った逆の方向から 赤兜の遊軍が迫ってくる
1本道のこの場所で とても考えられないことが起きたのだった
『攻撃せよーーーっ!!!』
陣を組み直す暇もなく 高島(コド)たちは攻め込まれてしまう
赤兜と戦う高島(コド)は 丸太を振り回し応戦する
しかし 怪力で名の知れた高島(コド)が振り回す丸太を
赤兜は いとも簡単に高島(コド)と丸太ごと投げ飛ばしてしまった…!
(この私を投げ飛ばしたのか?こいつは人間じゃない…)
剣でも弓でもない 怪力で負けることこそ高島(コド)には屈辱であった
こうして 高島(コド)の部隊も惨敗に終わってしまった
徐羅伐(ソラボル)の宮殿では 王室内の会議が開かれていた
キム・ソヒョン 万明(マンミョン)夫人 ヨンチュン公が
善徳(ソンドク)女王に対し 必死に進言する
『陛下 なりません 避難は軍の士気にも関わります』
『陛下が徐羅伐(ソラボル)を離れれば 軍も民も動揺するでしょう』
『毗曇(ピダム)公や その一派の計略とも考えられます』
しかし善徳(ソンドク)女王は…
『今は計略かどうかより 神国を守ることを考えねば』
『ですが…』
『もちろん 民を置いて逃げたりはしません ただ…』
司量部(サリャンブ)でも 美生(ミセン) ヨムジョン 宝宗(ポジョン)が
同じように議論している
『押梁州(アンニャンジュ)が突破されたら次は永川(ヨンチョン)だ
徐羅伐(ソラボル)から目と鼻の先です』
『兵の準備は進めています』
『しかし 敵は2万もの大軍です』
『だから避難すべきと言っておるのに!』
『そのとおりです!』
遅れて夏宗(ハジョン)が現れる
『何としても陛下を避難させねば
ユシンが敗れ 陛下が避難し 我々が徐羅伐(ソラボル)を掌握すれば
軍事権は毗曇(ピダム)のものになります』
『それはまだ先のことですよ
まずは百済(ペクチェ)軍を撃退せねばなりません』
『神国の運命がかかっているのですよ』
浅はかな夏宗(ハジョン)の考えに 皆呆れ返る
『そんなことは私も分かっている だが危機は最大の好機だ
司量部令(サリャンブリョン)は この危機を利用し
この機に 失われた勢力を取り戻す気だ 分かってないな!』
知らぬ間に入って来た毗曇(ピダム)に気づき 一同に緊張が走る
いつになく 毗曇(ピダム)の眼光が鋭かったからだ
『夏宗(ハジョン)公 私は神国の危機を前にして 他の考えなどありません』
『我々にまで本音を隠さなくても… ハハハ…』
ギロリと睨みつけられ さすがに夏宗(ハジョン)も押し黙る
『分かったよ… バカな話はやめる』
王室の中でただ一人 金春秋(キム・チュンチュ)だけが異を唱える
『どうか避難を 徐羅伐(ソラボル)には私が残ります』
『いいや 私は行かぬ 春秋(チュンチュ)そなたが避難しろ』
『陛下』
『ここが陥落したら そなたが戦の指揮を』
『陛下を残して避難などできません』
『兵たちが命懸けで戦っている
私が徐羅伐(ソラボル)から離れたと 知らせるわけにいかない』
『陛下のお命は神国のものです 陛下の安全が神国の安全です』
『そなたがいる』
『ですが徐羅伐(ソラボル)が…』
『徐羅伐(ソラボル)が毗曇(ピダム)に掌握されると?』
『……』
『心配するな 私がここに残る 私は決して徐羅伐(ソラボル)から離れぬ』
司量部(サリャンブ)の執務室に サンタクが駆け込んでくる
『司量部令(サリャンブリョン)!』
『何事だ』
『陛下がお呼びです』
善徳(ソンドク)女王と向かい合う毗曇(ピダム)
『私は避難する気はない
私の代わりに春秋(チュンチュ)を避難させよ 私は徐羅伐(ソラボル)に残る
万が一徐羅伐(ソラボル)が陥落したら 春秋(チュンチュ)に戦を指揮させる
それに沿って作戦を立てよ』
『陛下… 私はユシンとは違います ユシンは神国のために割り切れますが
私は割り切れません 私には無理です』
『毗曇(ピダム)』
善徳(ソンドク)女王の前に 書簡を広げる
『司量部(サリャンブ)が立てた対策です
陛下はユルポ県に避難し 我々が徐羅伐(ソラボル)を守ります』
『私は行かぬ』
『……私に徐羅伐(ソラボル)を任せるのが不安ですか 私が信じられぬと?』
『そうではない』
『ならば… なぜ私を見ないのですか』
一度も毗曇(ピダム)の方へ視線を移さない善徳(ソンドク)女王
毗曇(ピダム)は 悲しげに善徳(ソンドク)女王を見つめる
『ミシルを死に追いやったのは私です 私は!!! 陛下のために…』
『私を恨んでいるのか』
初めて 善徳(ソンドク)女王は毗曇(ピダム)の方を向く
『変わられましたね』
『……』
『初めてお会いした時 私は陛下を引渡し 薬草を手に入れようとしました
そんな私に陛下は“ありがとう”と… その理由が何であったにせよ
私には初めての言葉でした 私を責めぬ唯一のお方でした
世間が無礼と言う振る舞いは 自信の表れだとおっしゃり
世間が残酷だと言う行為も 陛下は勇敢だと言ってくださった
世間が卑怯だと私を責めても 知略だと言って褒めてくださいました』
『……』
『母を亡くした時も 先ほどのように私を責めず!
ただ 抱きしめてくださいました』
『もうよい やめよ』
『それなのに なぜです?
私の真心は計略であり 陛下を守りたい私の心は!
徐羅伐(ソラボル)を得ようとする欲だと?
私の真心が… もう見えないのですか?』
『……』
ポロポロと涙を流す毗曇(ピダム)
その熱い視線に 善徳(ソンドク)女王は必死に耐えた
毗曇(ピダム)が退席し ふと 出会いの時のことを思い返す
「こいつに手出ししたら皆殺しだ」
「今度無茶な真似をされたら 助けませんよ」
常に善徳(ソンドク)女王を守り抜き
いつでも真っ直ぐに心を表していた
「時々 子供のようになる そんなに嬉しいか?」
「王女様が私を信じて下さるから」
「でも私には話してほしかった」
「でも…話したとして 王女様にまで見捨てられたら?」
押梁州(アンニャンジュ) 新羅(シルラ)の本陣では
深手を負った高島(コド)の前に ユシンが…
『上将軍(サンジャングン)』
『怪我の具合は?』
『大丈夫です 面目ありません』
『例の赤兜か?』
『…歯が立ちませんでした 恐ろしい奴です』
『遊軍の様子は?』
『遊軍が退却した後 追わずに陣を整えていたら ふいに背後から現れました』
『背後から?敵が現れるまでの時間は?』
『1刻は過ぎましたが 2刻は経っていません』
キム・ユシンは 直ちに作戦会議を開く
『2刻ですと?』
『その間にこの山を回ってきた』
『2刻の間にこの距離を?』
『あの山道をですか その話が事実なら…1日に9里を進む速さです』
『まさかそんな…』
『可能なのか?』
『ありえん』
『静かにせよ!この地点で消えた後 斥候から報告がないなら
まだ遊軍はこの辺りに隠れている
そこで 渓谷沿いにおびきよせ全滅させる
乗馬に長けた朴義(パグィ)に任せる』
『はい 上将軍(サンジャングン)!』
『ここの坂道を下ると 浅い池がある
その脇の泥道を通って ファヨン峰へ誘い出せ』
『はい』
『私と徳充(トクチュン)と林宗(イムジョン)は ここで待ち伏せを
林宗(イムジョン)の弓部隊が攻撃する間
私と徳充(トクチュン)は軍を率い 側面から攻撃を』
『はい』
高島(コド)が…
『泥道は 敵の速度を落とすためですか』
『そうではない チュジン公は本陣の守りを』
『承知しました』
『皆 配置につけ』
『はい!』
ニヤリと笑い ユシンは高島(コド)の質問に答えなかった
皆が配置につく中 月夜(ウォルヤ)が憤慨してユシンに詰め寄る
『上将軍(サンジャングン)!なぜ私を外すのです』
『心外か』
『敵の機動力を制するのは弓部隊です! 我々は…!』
『待つのだ 戦で決定的な勝機は一度しかない
そなたの部隊は その時に使う』
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