善徳女王 58話#1 危険な関係

『百済(ペクチェ)軍を壊滅させよーーーっ!!!』

キム・ユシンの声が 火矢飛び交う闇夜に響き渡った

百済(ペクチェ)軍がおびき出したのは ユシンの影武者林宗(イムジョン)で
今ここに 本物のユシンが現れたのである

※百済(ペクチェ):三国時代に朝鮮半島南西部にあった国

『キム・ユシンだ!』

『なぜ ここにいるのだ!』

赤兜ケベクは 信じられないという表情で茫然と立ち尽くす

『包囲されました!』

『北東の方角に抜け ノクサン谷に退却するのだ!』
『はい!』

ノクサン谷には 百済(ペクチェ)の見張り兵が待っていた

『待ち伏せはいません』

『弓部隊がいたとしても遠くだ 矢は届くまい』

余裕の兵士の胸に 突然火矢が突き刺さる

夜空に放たれた無数の火矢が 辺りを赤く染める

『どこから飛んでくるのだ 防御せよ!』

『矢を避けろーーーっ!!!』

月夜(ウォルヤ)指揮のもと 雪地(ソルチ)が号令をかけている

復耶会と呼ばれていた兵士たちの猛攻撃であった

『蹶張弩(クォルチャンノ)部隊 準備!』

『第2陣 準備!』
『放てーーーっ!!!』

ケベク率いる百済(ペクチェ)兵は 逃げ場所を求めて必死にもがく

『どういうことだ!』

『丘の向こうに弓部隊がいるようです!』
『ここまで矢が届くはずがない!』
『将軍!!!』

ケベクは目を見張る

キム・ユシン率いる騎馬隊が 目前に迫っていた…!!!

『全軍 突撃せよ!!!』

『突撃だーーーっ!!!』

月夜(ウォルヤ)率いる部隊も 弓を剣に持ち替え突進する

子供だましの策に怯え 負け続けた屈辱の怒りが燃え
ユシン軍の士気は高まり 敵の反撃を許さなかった

狂ったように剣を振り回している赤兜ケベク

背後から キム・ユシンが声を張り上げた

『私が相手だ!』

宮殿では毗曇(ピダム)が 2つの書簡を持ち善徳(ソンドク)女王の前に…

『これは何だ』

『ご覧のとおり 私の誓いを記した盟約書です
陛下と私が1部ずつ保管するのです
陛下にできなければ 時期が来たら私が公開します』
『……』
『私より先に 陛下が他界された時は 盟約書に従います
朝廷の すべての政務と権力から手を引き 俗世を離れます』
『毗曇(ピダム)』
『不安も解消されるでしょう ご安心ください
誓いを立てるまでもなく 私にとっては簡単なことです』
『……』
『陛下がいない世なら 神国などどうでもいい
権力も朝廷も 何の意味もありません
私は命を懸けて この制約を守ります 陛下のために
陛下の大神国のために』
『毗曇(ピダム)…』

善徳(ソンドク)女王が 毗曇(ピダム)の一途な思いを受け止めている時

キム・ユシンとケベクの死闘は さらに続いていた

『大百済(ペクチェ) 万歳!!!』

『大神国のために!』

※新国:新羅(シルラ)の別称

その時…!!!

夜空に光るものを確認し 高島(コド)たちが叫んだ

『煙が上がった!』

『チュジン公が成功されました!』

ユシンが 剣を交えるケベクに言った

『お前たちの兵糧倉庫が燃えているのだ

伊西(イソ)郡まで退かせるのが目的だったが
生かしては帰さぬ!お前は神国にとって脅威だ!』
『私と同じ考えだな 私もお前を生かしたまま退却できぬ!』

百済(ペクチェ)陣営のユンチュン将軍は 我が耳を疑った

『兵糧の倉庫が燃えた?!!!』

『2つの陣営の倉庫から火が上がりました!』
『将軍!新羅(シルラ)兵の奇襲です!!!』

※新羅(シルラ):朝鮮半島南東部から発展し 後に三国を統一

『将軍!本陣の退却の合図です!』

互角の勝負の中 1歩も退かないユシンとケベク

『生かして帰さん!』

もはや気迫の勝負となった

『将軍!兵が動揺します 早く退却命令を!』

『……退却しろーーーっ!!!』

部下に促され ケベクはようやく退却命令を出した

『追え!全滅させるのだ!!!』
『いけません!追えば我々の本陣も危うくなります!』

判断力を失った状態のユシンを諌めたのは 高島(コド)だった

宮殿では…

毗曇(ピダム)が上大等(サンデドゥン)として 今後の対策を報告していた

『徐羅伐(ソラボル)近隣の 安康(アンガン)永川(ヨンチョン)蟻谷(ウィゴク)

3つを 徐羅伐(ソラボル)防御の拠点とし 近隣の兵力を終結させます』

※徐羅伐(ソラボル):新羅(シルラ)の首都 現在の慶州(キョンジュ)

『徐羅伐(ソラボル)の兵力は 尚州(サンジュ)と康州(カンジュ)の軍勢です』

『徐羅伐(ソラボル)を守る山を中心に戦えます』

これらを踏まえ 善徳(ソンドク)女王が…

『兵部令(ピョンブリョン)は春秋(チュンチュ)公とともに
高句麗(コグリョ)へ援軍の要請を
『ユルポ県にいる春秋(チュンチュ)公と手配します』

※兵部令(ピョンブリョン):新羅(シルラ)の軍の長官

※高句麗(コグリョ):三国時代に 朝鮮半島北部で栄えた国

さらに毗曇(ピダム)が…

『近々 党項(タンハン)城に唐の使節団が到着します

礼部令(イェブリョン)は党項(タンハン)城で
援軍の要請をお願いします』
『はい 承知しました』

※礼部令(イェブリョン):外交および儀式を司る礼部(イェブ)の長官

そこへ 血相を変えた閼川(アルチョン)が駆け込んでくる

『陛下!陛下ーーーっ!!!
上将軍(サンジャングン)ユシンが
伊西(イソ)郡一体と 推火(チュファ)郡一帯を取り戻しました!』

善徳(ソンドク)女王は 驚きと嬉しさで声が出ない

『よかった!これで安心できます』

『陛下 本当に幸いです』
『大耶(テヤ)城… 大耶(テヤ)城は?!!!』

毗曇(ピダム)は その答えを待つ間すら 待ちきれない表情だ

『まだですが 大耶(テヤ)城の東側の尾根に陣を構えました』

『そうですか 分かりました』
『陛下 どうやら峠は越したようです』

ユルポ県の秘宮にいる春秋(チュンチュ)のもとへも知らせが入る

『ユシンが救ってくれたか』

『はい!陛下からの帰還命令を受け 徐羅伐(ソラボル)に向かっています』
『ユシンの大手柄だな』
『ユシン公あってのユシン軍ですね』

ユシンの一軍は 凱旋を飾り 皆がそれぞれに祝辞を叫んでいる

善徳(ソンドク)女王の前に進み出るキム・ユシンと月夜(ウォルヤ)

『陛下 上将軍(サンジャングン)キム・ユシン 
任務を遂行し帰還しました』
『神国を救ったそなたの功績は 何にも比べられない
蟻谷(ウィゴク)の土地を与えよう』
『ありがたき光栄でございます!』
『月夜(ウォルヤ)には 兵部(ピョンブ)の職位を与える 兵力の強化に努めよ』
『ありがたき光栄でございます!』

『三韓一統の基盤は 民生の安定であると考え

自作農の民を増やすことに努めてきました
それゆえ 兵部(ピョンブ)の兵力強化案を止めてきたのは事実です』

※三韓一統:高句麗(コグリョ)・百済(ペクチェ)・新羅(シルラ)の三国統一

『ですが 百済(ペクチェ)は聖王(ソンワン)の死後

兵力強化に努めてきました』

※聖王(ソンワン):百済(ペクチェ)の第26代王

『今回の苦戦は 私の過ちだと認めます しかし今 確信しています

戦は 民生の安定している国が勝つのです 今からでも国防に力を注げば
神国は百済(ペクチェ)を超える武力を備えるでしょう
三韓一統を目指し 再び私たちは前進します
今後 神国は戦時体制に突入します
兵役の期間を延ばし 農機具の生産を減らし その鉄で武器を作ります
また 上大等(サンデドゥン)の指揮下にある私兵は
兵部(ピョンブ)に帰属させ 特別軍を編制します』

一同に緊張が走る

チュジン公が口火を切った

『陛下 私兵は毗曇(ピダム)公のもとで訓練中です』

『そのとおりです 兵部(ピョンブ)に帰属させるのは 危機が迫ってからに』
『私兵は危険な状態なら…』
『徐羅伐(ソラボル)は!!!』

口々に否定の言葉を述べる貴族たちの前に 毗曇(ピダム)が…

『今が危険な状態なのです

陛下 私兵は全員 兵部(ピョンブ)に帰属させ 軍の体制を強化します』

善徳(ソンドク)女王への忠誠ながら 毗曇(ピダム)の異様な雰囲気を

キム・ソヒョンが… 金春秋(キム・チュンチュ)が… ユシンが懸念する

『最後に 皆さんに報告することがあります

私は… 婚姻を結びます』

思いがけない言葉に 一同が言葉を失う

ヨンチュン公が 険しい表情で聞く

『陛下 婚姻のお相手はどなたですか』

『………毗曇(ピダム)公です』

何より 毗曇(ピダム)本人が驚き うつむいてしまった

キム・ソヒョン 万明(マンミョン)夫人 そしてヨンチュン公が話し合う

『陛下は ユシンも毗曇(ピダム)も手中に収めるお
つもりだ』
『ですが婚姻によって 後継者争いが激化することが心配です』

どうにも納得がいかない様子の竹方(チュクパン)は

春秋(チュンチュ)と向き合っている

『しかし よりによって毗曇(ピダム)公と婚姻とは

事前に陛下から何かお聞きでしたか?』
『……』
『ご存じなかったようですね
きっと陛下には お考えがあるのでしょう』
『その陛下のお考えこそが 私には不安なのだ』

司量部(サリャンブ)でも 夏宗(ハジョン)たちが…

『つまり陛下の意図は 毗曇(ピダム)と婚姻する見返りに 私兵を渡せと?』

『とにかく陛下は すべてを渡すような方ではない
何かを与えたら必ず何かを取るのです』
『しかも大義名分まで立派に立ちます』

美生(ミセン)とヨムジョンの見方に宝宗(ポジョン)が…

『我々にとって 損か得か分かりませんね』

『ソルォン公がいれば 明快に説明してくれるのに!』
『しかし婚姻を結べば
ユシン公より毗曇(ピダム)公が優位に立つのは確実です』
『はい 間違いありません』

夜になり 善徳(ソンドク)女王の前に現れるキム・ユシン

『お祝い申し上げます』

『寂しくはないですか』
『…寂しいです』
『毗曇(ピダム)に勢力が集中しないか 不安ではないですか』
『不安でもあります』
『なのに祝いの言葉を?』
『どこかに 陛下の安らげる場所が必要です 私にはできないことです』
『……』
『陛下は復耶会に乗り込み 私を救ってくださったのに
私は陛下の安らぎになれなかった 申し訳ありません… 申し訳ありません…』

帰る途中のユシンの前に 毗曇(ピダム)が通りかかる

真っ直ぐに毗曇(ピダム)を見るキム・ユシン
むしろ毗曇(ピダム)の方が うつむいてしまう

『そなたは 私よりも陛下に信頼されている』

『陛下を慰めてあげられるのは そなただけだ 陛下を頼む
そなたの恋心で 陛下を苦しませるな …おめでとう』

毗曇(ピダム)は執務室に戻ると 久しく見ていなかった箱を開ける

そこには 三韓地勢の書物が入っている

※三韓地勢:三国の地理を記録した地図

(師匠 すべては元の場所に戻っていくようです

私の夢…私の一生の夢は 諦めようと思います
歴史に名を残す夢よりも 大切なものを見つけました)

“陛下が他界されたら 私は政務から手を引き 陛下と運命を共にする”

善徳(ソンドク)女王の前で 毗曇(ピダム)の盟約書を読む春秋(チュンチュ)

『毗曇(ピダム)がこれを?』

『そうだ 信じられぬか?』
『いいえ この誓いは本心でしょう
陛下が人の真心を見抜けぬはずもありません
しかし… 人の心は変わります
それに毗曇(ピダム)は 自分の勢力を持っています
ご存じのはず 勢力は個人の意志では動かせません
婚姻で 毗曇(ピダム)の勢力は拡大し
いずれ勢力の意志は 制御がきかなくなるでしょう
その時に この盟約書が効力を持つでしょうか もし守れないなら…』

毗曇(ピダム)を訪ねてきたヨムジョンだが…

『上大等(サンデドゥン)が?』

『はい 何かを持って出て行かれました』
『……分かった 行け』

毗曇(ピダム)が 謎の行動をとる時には必ず何かがある

長い付き合いのヨムジョンには分かったのだ
ふと思い当り 執務室の中の箱を開ける…!

(なぜ“三韓地勢”を?!!! まさか…!)

金春秋(キム・チュンチュ)の疑問に 善徳(ソンドク)女王が…

『確かにその通りだ 個人と勢力の意志は違う ユシン公と復耶会もそうだった』

そういうと 善徳(ソンドク)女王は春秋(チュンチュ)に 赤い書状を渡した

『これは?』

『……毗曇(ピダム)が盟約を守らなかった場合 毗曇(ピダム)を刺殺しなさい』
『陛下!』
『いずれ私の決心が揺らぐかもしれない
だからお前に勅書を渡しておく 必ず実行するように
そうまでしても… 毗曇(ピダム)をそばに置きたい 私の気持ちを分かってくれ』

毗曇(ピダム)は “三韓地勢”を持って キム・ユシンを訪ねていた

『貴重な資料だ 国仙(ククソン)は こんなものまで用意されていたのか』

※国仙(ククソン):花郎(ファラン)の総指導者

『師匠は 三韓一統の準備を生涯の任務だと考えていた』

『じゃあ なぜ私にこれを?』

しばし言葉に詰まり 毗曇(ピダム)は必死に冷静を保ち…

『私に協力してもらうための 賄賂だ 何度も読み返して十分に役立ててほしい』

『お前の真意は分からぬが この賄賂は心からありがたく頂く 感謝する』

(そなたは歴史の前で将棋の駒となるが 私は違う

だから師匠は その本の主はそなただと言ったのだ)

『司量部令(サリャンブリョン)!!!』

※司量部令(サリャンブリョン):司量部(サリャンブ)の長

三韓地勢が持ち出されてると知り ヨムジョンが血相を変え

毗曇(ピダム)の部屋に飛び込んできた
そこで鍵のついた箱を発見すると ヨムジョンは鍵を叩き壊し中を探る

見つけたのは三韓地勢ではなく 例の“盟約書”だった

真夜中の 就寝中の美生(ミセン)を起こし 貴族を招集するヨムジョン

『何があったのだ』

『重要なことゆえ お呼びしました
私は明け方に党項(タンハン)城へ出発するので』
『早く言ってくれ』

格下のヨムジョンに招集されたので 皆が不機嫌に苛立っている

『陛下と毗曇(ピダム)公の婚姻の裏には… 密約がありました

『何だと?!!!』
『密約?!!!』
『密約だと?!!!』

その頃春秋(チュンチュ)は 善徳(ソンドク)女王から勅書を受け取ったと

竹方(チュクパン)に打ち明けていた

『陛下がそこまでされたなら 心配はないですね

婚姻によって 貴族の私兵は陛下が治めることになります すごいことですよ』
『むしろ私兵廃止のための政略結婚ならよかった』
『はい?』
『陛下と毗曇(ピダム)は 互いの心を求めている』
『もちろん陛下も人間ですからね
すべてを政治や神国にだけ捧げるわけには…』
『だが 王として可能だろうか
周囲の者や勢力や神国は  2人を温かく見守りはしない
陛下と毗曇(ピダム)の関係は 非常に危険なものだ』

ヨムジョンから盟約書を見せられた美生(ミセン)は激怒する

夏宗(ハジョン) 宝宗(ポジョン) そして貴族たちも怒り心頭になる

『陛下と毗曇(ピダム)公の間に こんな密約があったとは!』

『これではただ 私兵を奪われるも同然だ!』
『この婚姻は何かおかしいと思っていた!最初から狙いがあったのです!』

美生(ミセン)が深いため息をつく

『毗曇(ピダム)公が陛下の策略にはめられたのだ』

『急いで対策を!』
『当然だ こんな密約は許せませんよ!』
『毗曇(ピダム)公にこの事実を確認し 我々の意見をお伝えする!』
『そのとおりです 盟約など…』
『お待ちを!!!』

皆の口を止めたのはヨムジョンだ

『問い詰めても無駄です 相手は毗曇(ピダム)公ですよ』

静まり返る一同

毗曇(ピダム)にギロリと睨まれたら 誰が言い返せるのか…
途方に暮れる中 宝宗(ポジョン)が…

『そのとおりです この盟約書こそが我々を無視している証拠です』

これを受け ヨムジョンが…

『おっしゃるとおりです
毗曇(ピダム)公を問い詰めれば 盟約書が破棄されると?
それとも 婚姻をあきらめると? どちらも絶対にあり得ません』
『それではどうするのです?』
『我々と同じ舟に乗せればよいのでは?』

チュジン公の提案に ヨムジョンが深くうなずいた

『そうです 毗曇(ピダム)公が間違いを犯した時は 我々が正すのです』

一同が納得して それぞれが考え込む

そこで美生(ミセン)が…

『それならば 私によい考えがあります

試してみることにしましょう』

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