善徳女王 58話#2 烏羽扇

『陛下 私です』
『入りなさい』

夜も更けた善徳(ソンドク)女王の寝所を訪ねる毗曇(ピダム)

『やはりお休みでなかった』

『読み終えていないものがあって』
『陛下 お休みにならなくては』

父のように… 兄のように… 恋人のように…

毗曇(ピダム)は優しく叱り 善徳(ソンドク)女王はそれに従った

『休んでください』

『実を言うと あまり眠れないのだ
もしや この言葉遣いは気に障るか?敬語を使おうか?』
『いいえ なぜ眠れないのですか?』
『分からない 横になると胸が苦しくなるのだ』
『胸が?』
『やり残したことがあるような気がして
過ちを犯したような気にもなる 涙が出て 動悸がするのだ』
『横になってください』

横になった善徳(ソンドク)女王の 胸の動悸を鎮めようと

毗曇(ピダム)は その胸に手のひらをあてる

『今も動悸が?』

『いいえ』
『陛下が眠りにつくまで こうしています』
『子供の頃も 寝る前はいつも胸がドキドキした』
『その時も不安なことが?』
『不安のせいではない
“明日は何が起こるのか” “どんな人に会えるか”
“商人たちは面白い物を運んでくるだろうか”
“昨日来たおじさんに 知らない世界のことを聞こう”…』

そう語りながら ようやく目を閉じ 寝息をたてはじめる善徳(ソンドク)女王

毗曇(ピダム)は その寝顔を 切なく愛おしく見つめる

翌朝 善徳(ソンドク)女王は金春秋(キム・チュンチュ)と会談する

上大等(サンデドゥン)毗曇(ピダム)と
侍衛府令(シウィブリョン)閼川(アルチョン)が同席している

※上大等(サンデドゥン):新羅(シルラ)の最高官職 現在の国務総理

※侍衛府令(シウィブリョン):近衛隊の長

『堂項(タンハン)城がふさがれば 唐との交易に支障が出ます

これを名分として 唐に派兵を要請しましょう』
『唐としても 新羅(シルラ)との交易は続けたいはずです』

春秋(チュンチュ)の進言に同意する毗曇(ピダム)

『使節団は 今どこに?』

『堂項(タンハン)城についた頃です』
『堂項(タンハン)城か』

その頃堂項(タンハン)城では

唐の使節団の2人と会う 美生(ミセン)の姿が…

『上大等(サンデドゥン)の毗曇(ピダム)公がですか?』

『はい ですからお2人が私どもに協力してくだされば…
何でもお望みの通りに
上大等(サンデドゥン)は神国の実験を握っておりますし
陛下とは婚姻の約束も』
『しかし 本当に問題はないのですね』
『私どもの事情ですので そうしていただければ…』
『我々の希望もかなえてくださると?』
『はい』
『では 今のお話をすべて文書にしたため 私に渡していただきたい』
『もちろんです』

交渉を終えて出てきた美生(ミセン)を ヨムジョンが待ち構えていた

『どうでしたか』

『文書にしろと言われた どうすればよいか』
『そう言うはずだと思い用意しておきました ご心配なさらず』

ヨムジョンは 黒い羽根の扇を美生(ミセン)に手渡す

『これは?』

『烏羽扇という扇です』

※烏羽扇:カラスの羽根で作った扇

『それで?』

『密約を取り交わすには最適ですよ
部下が情報の伝達に使いますが バレたことがありません』
『そうか これにしよう』
『はい ここに書いて唐の使臣と密約を交わせば すべてうまくいきます』
『では作成を頼んだぞ』
『はい 分かりました』

『道を開けよーーーっ!』

美生(ミセン)とヨムジョンの先導で 唐の使臣が宮殿入りする

『ようこそお越しくださいました』

2人の使臣は 善徳(ソンドク)女王に謁見する

『唐の使臣 ソ・ジェヨンでございます』

『長旅でお疲れでございましょう』
『大変恐れ多いお言葉でございます』
『唐の皇帝はご健勝ですか』
『はい 陛下
新羅(シルラ)の使臣を通じ 羅参と果下馬を賜りました
皇帝陛下からのお礼の品でございます』

※羅参:新羅(シルラ)の人参

※果下馬:小型の馬の一種

『唐の皇帝に 感謝の意をお伝えください

両国が親交を深め交易することは 大変喜ばしいことです』
『はい 皇帝陛下も新羅(シルラ)との親交を深めるよう ご命令なさいました』
『はい 私も賛成です』
『先の百済(ペクチェ)の侵攻にも 心を痛めておられました』
『遠い国のことまで心配されるとは 皇帝陛下は友情に厚い方ですね』
『はい そこで陛下…』

使臣ソ・ジェヨンは 一瞬の間を置き 美生(ミセン)を見た

『皇帝は 和睦を実践するために我々をよこしたのです』

『…和睦の実践ですか?』
『はい 陛下』
『どんな実践ですか?』
『皇帝陛下は 新羅(シルラ)が侵攻を受けたのは…王が女性ゆえのことだと
隣国に見下されているせいだとおっしゃいました
皇帝の親族を 新羅(シルラ)の王にするのはいかがでしょう
唐から派兵し 新羅(シルラ)も守らせましょう ご意向を伺いたく存じます』

場内はざわついた

険しい表情の毗曇(ピダム)
善徳(ソンドク)女王は押し黙り じっと一点を見つめている

『ですから陛下は それを論議くださいますよう』

『侍衛府令(シウィブリョン)』

閼川(アルチョン)が兵士を引き連れ 場内に入る

『はい陛下!お呼びですか』
『この者たちを 朝元(チョウォン)殿に監禁せよ』

※朝元(チョウォン)殿:外国の使節と接見する場所

唐の使臣の言葉にざわついた場内は

善徳(ソンドク)女王の命令に凍りつく

『春秋(チュンチュ)は至急 唐へ礼部大舎(イェブテサ)を送り

今の話が皇帝の意志か 使臣の所見かを確かめよ』
『はい 陛下』

使臣ソ・ジェヨンは うろたえた表情を見せる

『唐の皇帝が遣わした使臣に 無礼を働くのですか』

『それが皇帝の言葉なら!
私は唐との国交を断絶し すべての関係を断ち切る!』

使臣ソ・ジェヨンは仰天し 事の重大さにようやく気付く

『使臣の勝手な主張ならば 大逆の罪で処刑する

侍衛府令(シウィブリョン)!』
『はい 陛下!』
『唐の皇帝の意志が確認できるまで
使節団全員を朝元(チョウォン)殿に監禁するのだ』
『はい 陛下!』

朝元(チョウォン)殿の前まで引きずり連れてこられたソ・ジェヨンたちは

中国語で怒りをあらわにする

<唐の使臣を見下すのか!!!>

『何をしている 連れて行け!』
<放せ 何の真似だ!!!>
『一体 何のつもりだ!!!』
『戸を閉めてしっかり見張れ!』
<大国の使臣に何たる無礼だ!!!>
<鶏林の女王の分際で唐に逆らう気か!!!>

どんなに騒いだところで イ・ジェヨンの立場は絶体絶命だった

どっちに転ぼうと罪を免れない
朝元(チョウォン)殿の前には 近衛隊が整列している

『たとえ誰であっても 決して出入りさせてはならぬ!分かったか!』

『はい!』

使臣が引きずり出され 側近たちが残り

美生(ミセン)が善徳(ソンドク)女王に対し進言している

『陛下 使臣の言動は到底許されませんが

新羅(シルラ)の情勢も考慮すべきです』
『どの国の使臣も同じですが わざと相手国の気に障ることを言うものです』
『新羅(シルラ)は唐に派兵を要請せねばなりません
今回の交渉に失敗すれば 戦局が危うくなります』
『そうです 私はすでに交渉を始めているのです』

思いがけない善徳(ソンドク)女王の答えに 皆が息を飲む

『交渉の原則の1つは 脅しには冷静に対応し逆手に取ることです

もう1つ 相手の主張に反論すれば計略にはまるだけです
相手の主導で論争してはいけません
あと1つは 疑問点の解消です』
『疑問点とは?』
『陛下への暴言についてでしょうか』

ヨンチュン公と春秋(チュンチュ)が聞く

『外交の場では 不要な発言はしないものです

なのに臣下たちの前で私を侮辱しました
神国から何かを得ようとしているのです
それが何かを突き止めねばなりません』

美生(ミセン)の策に だまってはまるような善徳(ソンドク)女王だった

明らかに狼狽を見せる美生(ミセン)

司量部(サリャンブ)であらためて論議するミシルの一派と貴族たち

『すべては陛下の言う通りです

唐は高句麗(コグリョ)との戦に備え 出兵を要請しに来たのです
よって 唐の皇帝の話も事実です』
『では 陛下はそれを見ぬいたと?』
『そうです』
『しかし使臣を監禁するとは!』
『とにかく使臣たちと接触せねばなりません』
『司量部(サリャンブ)や兵部(ピョンブ)なら方法もあるが
侍衛府令(シウィブリョン)閼川(アルチョン)ではどうにもなりません』
『しかし何とかしなくては!』

侍衛府令(シウィブリョン)閼川(アルチョン)は…

善徳(ソンドク)女王と春秋(チュンチュ)に呼び出されていた

『賄賂を受け取れと?』

『使臣が兵に渡したら受け取り 向こうの依頼はすべて私に伝えなさい』
『新羅(シルラ)にいる唐の商人に連絡するかもしれませんね』
『だが 私への面会は断るように』
『ただの面会では駄目だが 具体的な要求があればよいと?』

善徳(ソンドク)女王の意向を汲むように 春秋(チュンチュ)が聞く

『そうだ 彼らの意図が何かを知らねばならない』

『言わない場合はどうなさいますか』
『3日も持たぬだろう 今の状況には使臣たちも当惑しているはず』
『そうですね 本当の目的もすぐに明らかになるでしょう』

ソ・ジェヨンとその側近は途方に暮れていた

<どうしますか?>

<上大等(サンデドゥン)が接触してくるはずだ>
<女王を見る限り上大等(サンデドゥン)に実権があると思えません
このままでは 必ず援軍を出兵させろという皇帝の命令を 遂行できません>
<まずは様子を見よう>

思わぬ美生(ミセン)からの要求に応じたことで

使臣たちの本来の目的が果たせない状況であった

厳戒態勢の警備により 使臣に接触することは困難であった

美生(ミセン)をはじめ貴族たちの苛立ちと
使臣たち焦りは日増しに強まっていく

<おい こっちに来い!>

使臣ソ・ジェヨンは 見張り兵に賄賂を贈り 烏羽扇を渡した

『上大等(サンデドゥン)に渡してくれ』

今回の美生(ミセン)の依頼は 上大等(サンデドゥン)
毗曇(ピダム)からだと
思い込んでいる使臣ソ・ジェヨンは
美生(ミセン)ではなく 直接毗曇(ピダム)へ渡すように言いつけた

一方 苛立ちが絶頂に達したヨムジョンが…

『もう待てません!毗曇(ピダム)公に話しましょう!』

『私も賛成です このままでは使臣がどう出るかも分かりません』
『確かに選択すべき時が来ました』
『はい 同じ舟に乗せるため 打ち明けるのも1つの手です』

使臣ソ・ジェヨンが見張り兵に渡した物すべてが

善徳(ソンドク)女王のもとに送られた

『プドンという商人宛てです

使臣のジェムンは 礼部(イェブ)のワンニュン公に会いたいと
これは正使ソ・ジェヨンが 上大等(サンデドゥン)に渡すようにとのことです』
『この扇を上大等(サンデドゥン)に?』
『はい 贈り物だそうです』
『上大等(サンデドゥン)に賄賂を渡して 説得を試みたいのでしょう』
『高価な品のようですね』
『そうでもありません』
『知っているのか?』

何気ないものだと気にも留めない一同に 春秋(チュンチュ)だけが…

『これはカラスの羽根で作る烏羽扇ですが

孔雀扇や白羽扇の方がずっと高価です』

※孔雀扇:孔雀の羽根の扇

※白羽扇:シラサギの羽根の扇

『……もしや! 陛下 その扇を私に!』

春秋(チュンチュ)が何かに気づき 青ざめている頃

事実を知らされた毗曇(ピダム)が 声を荒げていた

『密約だと?!!!』

『上大等(サンデドゥン)の名で使臣と交わしました』

ヨムジョンの胸ぐらをつかむ毗曇(ピダム)

『お前は正気を失ったか!そうでなければ…そんな無茶なことが!!!』
『我々に無茶な手を打たせたのは 上大等(サンデドゥン)です!』

チュジン公がきっぱりと言い切った

『先に我々を裏切ったのは上大等(サンデドゥン)です』

『私たちに隠れて陛下と密約を交わしましたね?』

善徳(ソンドク)女王の執務室では

春秋(チュンチュ)が烏羽扇を熱湯の湯気にあてている

『密書の伝達ですと?』

『はい 私も聞いただけで確証はありませんが
倭国へ行った高句麗(コグリョ)の使臣が カラスの羽根に何かを記したと』
『それで?』
『百済(ペクチェ)出身の王辰爾(ワンジニ)が解読したと
隋の商人に聞きました』

※王辰爾(ワンジニ):百済(ペクチェ)から倭への渡来人

『これがその解読法か』

湯気で湿った烏羽扇を白い布に押し当てる春秋(チュンチュ)

司量部(サリャンブ)では さっきまで声を荒げていた毗曇(ピダム)が

貝のように押し黙り 皆の非難を浴びている

『司量部令(サリャンブリョン) 私たちは裏切られました!』

『毗曇(ピダム)公を信じ 私兵を預けたのです!』
『それなのに 陛下の死後は政務から手を引くと?!!!』
『陛下の死後 我々は基盤を失います!』
『自分の勢力に対してあまりにも無責任です!』

『それが!私の名で唐の使臣と密約を交わした理由か!!!』

毗曇(ピダム)が 今度の一件の全容を把握した頃

密約の手段とされる烏羽扇から 文字が解読されていた

“唐の使臣が女王否定論を 神国の朝廷に訴えれば

唐と高句麗(コグリョ)の戦時に 新羅(シルラ)は3万の兵を送る
唐の使臣 正使ソ・ジェヨン 新羅(シルラ)上大等(サンデドゥン)毗曇(ピダム)”

『毗曇(ピダム)…』

全容を知った毗曇(ピダム)に さらなる怒りが込み上げてくる

『唐の使臣が 陛下に失礼な態度を取ったのも お前たちの差し金か』

『毗曇(ピダム)公を同じ舟に乗せるのが目的でした』
『さらに これを機に 陛下には退位していただきます』

思わぬことを言いだす美生(ミセン)を睨みつける毗曇(ピダム)

チュジン公もまた…

『そもそも毗曇(ピダム)公は 王になるおつもりでした』

『そうですよ もう後戻りはできません 毗曇(ピダム)公…』

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