善徳女王 62話(最終話)#2 徳曼(トンマン)…
山道を歩いている毗曇(ピダム)
その姿はもう 上大等(サンデドゥン)の身なりではない
髪をおろし 脇差しをつけ その後ろをサンタクがついて行く
『この先は 陛下のいる本陣です』
『だから何だ』
『ですから その… このまま行くと捕まってしまいます』
『ああ そうだろうな お前は逃げろ』
『え?私だけどこへ行けと?それに上大等(サンデドゥン)はどうするんです?』
『お前1人なら包囲網も抜けられよう』
毗曇(ピダム)は 自分の紋章をサンタクに手渡した
『できるだけ遠くへ行き すべて忘れよ
そして剣を捨て 土を耕して生きるのだ』
『上大等(サンデドゥン)は どうなさるのです』
毗曇(ピダム)は これから自分が行くべき道の先を見据えた
『伝えるべきことを… 伝えていない人がいる それを伝えに行く』
『ですがそれでは…!』
『……』
『私と一緒に行きましょう 上大等(サンデドゥン)!』
最後まで忠心を見せるサンタクを 毗曇(ピダム)はやさしく見つめた
『行くんだ 早く』
その後ろ姿に サンタクは深々と拝礼をする
その胸に衝撃が走ったかと思うと サンタクはウッとうなるように息を止めた
どこからともなく飛んできた矢が サンタクの胸を貫いている…!
朴義(パグィ)の軍勢を確認したサンタクは 苦しい息の中から叫ぶ!
『サ…上大等(サンデドゥン)…!!! お逃げください!』
毗曇(ピダム)が振り向くと同時に サンタクの体に無数の矢が撃ちこまれた
朴義(パグィ)が 槍を突きつけ叫ぶ
『逆賊毗曇(ピダム)は降伏せよ!!!』
『私を殺した者は 歴史に名を残すだろう 来い!!!』
到底 毗曇(ピダム)を相手に勝てる者など この軍勢の中にはいなかった
善徳(ソンドク)女王のもとへ 閼川(アルチョン)が駆け込んでくる
『陛下!おっしゃったとおり本陣近くの森に 毗曇(ピダム)が現れました』
『……』
さすがに言葉を失う善徳(ソンドク)女王
キム・ユシンが聞く
『それで捕らえたのか!』
『抵抗して… 兵たちと戦っている』
朴義(パグィ)の軍勢をたった1人で倒し 毗曇(ピダム)は本陣に現れた
包囲する兵士たちをものともせず 毗曇(ピダム)は果敢に戦う
その姿は ムンノそのものであり 技のすべてを完全に受け継いでいた
包囲網に道が開き キム・ユシンが進み出て毗曇(ピダム)の前に立った
『毗曇(ピダム) もう終わったのだ これ以上兵を殺すな 一緒に行こう』
『ユシン …陛下か?』
ユシンの背中越しのずっと先に 善徳(ソンドク)女王の姿を見た
『あそこに陛下がおられるのか?』
『毗曇(ピダム) もうやめろ』
毗曇(ピダム)の中に湧き立つ感情
それはまさしく恋心だった
誰が何を言ったとしても 止められない恋心だった
「人の心はもろくて壊れやすい お前の夢はあまりに幼い」
母ミシルの言ったとおりかもしれない
それでも… とめられない恋心に毗曇(ピダム)は涙した
『毗曇(ピダム)』
『ユシン お前とは本気で戦ったことが… なかったな』
剣を しっかりと自分の拳に巻きつけ固定する毗曇(ピダム)
戦いを挑みながらも その視線に殺気は感じられない
『俺と勝負してくれるか』
答えの代わりに ユシンは剣を抜いた
しかし毗曇(ピダム)は…!
そんなユシンを飛び越え その先に…
善徳(ソンドク)女王のもとへと進んでいく
『先へ行かせるな!!!早く捕らえよ!!!』
ユシンの叫びを耳にしながら 毗曇(ピダム)は先へと向かう
(ユシン すべてお前の勝ちだ 何の勝負でもない
俺はただ 陛下に伝えたいんだ…)
踊るように華麗に 血しぶきを上げながら近づいてくる毗曇(ピダム)
しかしその体は無傷ではない
善徳(ソンドク)女王は 悲しげな表情でその光景を見つめている
(徳曼(トンマン)まで あと70歩)
目前に迫った毗曇(ピダム)
そこへ 月夜(ウォルヤ)と雪地(ソルチ)が到着する
『蹶張弩(クォルチャンノ)部隊 準備! 構え! …放てーーーっ!!!』
無数の矢をよけながら それでも毗曇(ピダム)は近づいてくる
わずかによけそこねた矢が 肩に 胸に 腹部に突き刺さりながら
血を吐きながら…
(徳曼(トンマン)まで… あと30歩)
朴義(パグィ)を 徳充(トクチュン)を 林宗(イムジョン)をなぎ倒し
毗曇(ピダム)はじりじりと迫りながら 進んでいく
(徳曼(トンマン)まで… あと10歩)
善徳(ソンドク)女王と毗曇(ピダム)の間に立っているのは
今や閼川(アルチョン)だけだった
キム・ユシンが駆け寄り 2人の剣が毗曇(ピダム)にとどめを刺した
血の涙を流しながら 虫の息の中で毗曇(ピダム)は何かをつぶやいた
ポロポロと涙を流しながら 善徳(ソンドク)女王はその最期を見届ける
崩れるように倒れ込んだ毗曇(ピダム)は
その目を見開いたまま息絶えた
忠誠を誓い 一斉にひざまずく兵士たちを前に
善徳(ソンドク)女王が 終息の宣言を出す
『反乱は 鎮圧されました
今後は皆 心を1つにし 同じ志を抱き 力を合わせて
網羅四方(もうらしほう)の道を突き進むのみです
すべての臣下と 花郎(ファラン)と 兵と すべての私の民に伝えよ
私の意志と 反乱の終結と それから 神国が1つであることを』
※花郎(ファラン):美しく文武両道に秀でた青年の精鋭集団
閼川(アルチョン)が立ち上がり 軍勢に向かって剣を振り上げる
『女王陛下 万歳!!!』
つづいてキム・ユシンが立ち上がり 高らかに万歳を唱えると
次々に立ち上がり 歓喜の叫びが本陣の中にこだました
目の前の毗曇(ピダム)の亡骸に目をやる善徳(ソンドク)女王は
その瞬間 突然に倒れ込む…!地面に横たわり 息絶えながらも
自分に向かって開眼している毗曇(ピダム)の視線が こちらを見ている
そのまま意識を失った善徳(ソンドク)女王が目覚めたのは 寝所だった
かたわらに万明(マンミョン)夫人が付き添っている
『陛下!気がつかれましたか?大丈夫ですか?』
『どのくらい経ちましたか?』
『三日三晩眠っておられました
なぜご病気のことを隠していたのですか』
『話したところでどうにもなりません』
『陛下 なぜそのようなことを…』
そこへ 閼川(アルチョン)が入ってくる
『陛下!気がつかれたのですね』
『はい 侍衛府令(シウィブリョン)苦労をかけました』
※侍衛府令(シウィブリョン):近衛隊の長
『陛下 何をおっしゃるのですか もう大丈夫です』
『今後も苦労してもらわねばなりません
空席である上大等(サンデドゥン)の職を命じる』
『……』
『これは王命です 従ってください 早く』
『陛下… 謹んでお受けいたします』
側近という意味においては 善徳(ソンドク)女王が最も信頼している人物であり
恋心ということを除けば 閼川(アルチョン)こそが
善徳(ソンドク)女王のすべてを知る人物だと言っても 過言ではないだろう
ようやく起き上がれるようになった善徳(ソンドク)女王は キム・ユシンに会う
『ユシン公 教えて下さい』
『陛下』
『毗曇(ピダム)は ユシン公の耳元で
確かに何か言っていました 何と言ったのです』
『恐れ多くて口にはできません ご勘弁ください
あまりに不敬なことゆえ お伝えできません』
『言ってください』
『なりません 口にできぬ言葉です』
『王命です 言いなさい』
『……毗曇(ピダム)はあの時…』
キム・ユシンは まもなく命が尽きようとしている毗曇(ピダム)が
最期に口にした言葉を伝えた
『“徳曼(トンマン)…” そう言いました』
善徳(ソンドク)女王は 毗曇(ピダム)と交わした会話を思い返す
「もう誰も 私の名を呼べない」
「私が… 私がお呼びします」
「私の名を呼ぶのは… 反逆行為だ
お前が恋心から私の名を呼んでも… 反逆者と見なされる」
それを知っていながら… 知っていたのに毗曇(ピダム)は
自分の名を最期に呼んでくれたのだと思うと 涙がこぼれた
『外へ出ましょう』
『はい』
『天と地すべてを この目に焼きつけます』
その言葉が何を意味するのか キム・ユシンには分かっていた
毗曇(ピダム)への涙を拭いながら そう言った善徳(ソンドク)女王であった
『荒涼としていますね』
『もうじき春が訪れ 花が咲き 新芽が出て緑にあふれます』
『春ですか 春… ユシン公』
『はい 陛下』
『多くの人が私を通り過ぎていきました ある者は私を守り
ある者は私と競い またある者は… 私を愛しました
そうして皆 去って行きました
結局最後まで残ったのは… ユシン公だけです』
『陛下』
『険しい道のりを ともに乗り越えてきました そなたのおかげです』
『恐れ入ります 陛下』
『ユシン公になら この神国と果たせなかった大業を
心から安心して託すことができます』
『陛下…』
『三韓一統を成し遂げねば…
ここに見える領土が誰のものになるか分かりません』
『分かっています』
※三韓一統:高句麗(コグリョ) 百済(ペクチェ) 新羅(シルラ)の三国統一
『ユシン公 私が初めて鶏林に来た日に 見た夢の話をしましたね
夢で私を抱きしめた女性が誰であったか 分かった気がします』
※鶏林:始祖神話に基づいた新羅(シルラ)の別称
『誰ですか 教えて下さい』
それから 長い年月が過ぎ去った
“善徳(ソンドク)女王の墓”の前に佇んでいる1人の老人
そこへもう1人 すっかり老いた武将が…
『閼川(アルチョン) 故郷に戻ったと聞いていたが』
『ユシン 話は聞いたぞ 激戦だったそうだな』
『激戦でない戦があろうか そなたは最後まで侍衛府令(シウィブリョン)だな』
満足そうに微笑みながら 閼川(アルチョン)がささやく
『陛下 ユシンが百済(ペクチェ)を滅ぼしました
次は 高句麗(コグリョ)です』
※百済(ペクチェ):三国時代に朝鮮半島南西部にあった国
※高句麗(コグリョ):三国時代に朝鮮半島北部で栄えた国
『陛下…』
長い年月を越えて キム・ユシンはあらためて善徳(ソンドク)女王が
生前に言っていた言葉を思い返した
「やっと分かりました 私を抱きしめ泣いていたあの人が
誰であったか分かったのです」
「陛下 教えて下さい 誰だったのです 乳母の昭火(ソファ)殿ですか
それとも 亡くなった王妃様ですか」
「ユシン公」
「はい 陛下」
「昔 一緒に駆け落ちしましたね 覚えていますか」
「……」
「また逃げましょうか」
「…とんでもございません なぜそのようなことを…」
天と地が見渡せる崖の上で ひと筋の涙をこぼした後
善徳(ソンドク)女王は その短い人生を終えた
「陛下…」
少しだけ首を傾げ 善徳(ソンドク)女王は静かに目を閉じている
だらりと下ろされた腕が もう動かないことを悟った時
キム・ユシンは涙ぐみ 空を見上げた
この世の見納めにと選んだ風景には 夕日が差し込み始めていた
初めて鶏林に来た時の光景である
少女の徳曼(トンマン)は ムンノを捜して歩き回っている
「まったく!ムンノはどこにいるんだ?」
白い服の女性が 突然に徳曼(トンマン)に覆いかぶさり抱きしめる
「ちょっと!何をするんです 放してください!」
突然に抱きついて泣いたかと思うと その女性は何も言わずに去っていく
徳曼(トンマン)は その背中に叫んだ
「待って!何で抱きついたんですか?答えてください!」
振り向いたその女性は…
善徳(ソンドク)女王その人であった…!
善徳女王(ソンドク)は 少女の頃の自分自身に心の中で語りかける
(徳曼(トンマン) これからつらい思いをする そして 悲しいこともたくさんある
愛する人たちを失い とても孤独な日々を送る
砂漠にいるよりずっと 荒れすさんだ日々だ…)
これから起こる未来の出来事を知らない少女の自分
善徳(ソンドク)女王は そのあどけない姿に涙する
「ねえ 誰なんです なぜ泣くの?」
(すべてを手にしたように感じるけれど 本当は何も手に入れていない)
「何なの?変な人!」
未来に向かって意気揚々と歩いて行く少女の自分
その背中に今一度 語りかける
(それでも耐えるのよ いいわね)
『耐えて… 耐え抜くのよ』
その姿はもう 上大等(サンデドゥン)の身なりではない
髪をおろし 脇差しをつけ その後ろをサンタクがついて行く
『この先は 陛下のいる本陣です』
『だから何だ』
『ですから その… このまま行くと捕まってしまいます』
『ああ そうだろうな お前は逃げろ』
『え?私だけどこへ行けと?それに上大等(サンデドゥン)はどうするんです?』
『お前1人なら包囲網も抜けられよう』
毗曇(ピダム)は 自分の紋章をサンタクに手渡した
『できるだけ遠くへ行き すべて忘れよ
そして剣を捨て 土を耕して生きるのだ』
『上大等(サンデドゥン)は どうなさるのです』
毗曇(ピダム)は これから自分が行くべき道の先を見据えた
『伝えるべきことを… 伝えていない人がいる それを伝えに行く』
『ですがそれでは…!』
『……』
『私と一緒に行きましょう 上大等(サンデドゥン)!』
最後まで忠心を見せるサンタクを 毗曇(ピダム)はやさしく見つめた
『行くんだ 早く』
その後ろ姿に サンタクは深々と拝礼をする
その胸に衝撃が走ったかと思うと サンタクはウッとうなるように息を止めた
どこからともなく飛んできた矢が サンタクの胸を貫いている…!
朴義(パグィ)の軍勢を確認したサンタクは 苦しい息の中から叫ぶ!
『サ…上大等(サンデドゥン)…!!! お逃げください!』
毗曇(ピダム)が振り向くと同時に サンタクの体に無数の矢が撃ちこまれた
朴義(パグィ)が 槍を突きつけ叫ぶ
『逆賊毗曇(ピダム)は降伏せよ!!!』
『私を殺した者は 歴史に名を残すだろう 来い!!!』
到底 毗曇(ピダム)を相手に勝てる者など この軍勢の中にはいなかった
善徳(ソンドク)女王のもとへ 閼川(アルチョン)が駆け込んでくる
『陛下!おっしゃったとおり本陣近くの森に 毗曇(ピダム)が現れました』
『……』
さすがに言葉を失う善徳(ソンドク)女王
キム・ユシンが聞く
『それで捕らえたのか!』
『抵抗して… 兵たちと戦っている』
朴義(パグィ)の軍勢をたった1人で倒し 毗曇(ピダム)は本陣に現れた
包囲する兵士たちをものともせず 毗曇(ピダム)は果敢に戦う
その姿は ムンノそのものであり 技のすべてを完全に受け継いでいた
包囲網に道が開き キム・ユシンが進み出て毗曇(ピダム)の前に立った
『毗曇(ピダム) もう終わったのだ これ以上兵を殺すな 一緒に行こう』
『ユシン …陛下か?』
ユシンの背中越しのずっと先に 善徳(ソンドク)女王の姿を見た
『あそこに陛下がおられるのか?』
『毗曇(ピダム) もうやめろ』
毗曇(ピダム)の中に湧き立つ感情
それはまさしく恋心だった
誰が何を言ったとしても 止められない恋心だった
「人の心はもろくて壊れやすい お前の夢はあまりに幼い」
母ミシルの言ったとおりかもしれない
それでも… とめられない恋心に毗曇(ピダム)は涙した
『毗曇(ピダム)』
『ユシン お前とは本気で戦ったことが… なかったな』
剣を しっかりと自分の拳に巻きつけ固定する毗曇(ピダム)
戦いを挑みながらも その視線に殺気は感じられない
『俺と勝負してくれるか』
答えの代わりに ユシンは剣を抜いた
しかし毗曇(ピダム)は…!
そんなユシンを飛び越え その先に…
善徳(ソンドク)女王のもとへと進んでいく
『先へ行かせるな!!!早く捕らえよ!!!』
ユシンの叫びを耳にしながら 毗曇(ピダム)は先へと向かう
(ユシン すべてお前の勝ちだ 何の勝負でもない
俺はただ 陛下に伝えたいんだ…)
踊るように華麗に 血しぶきを上げながら近づいてくる毗曇(ピダム)
しかしその体は無傷ではない
善徳(ソンドク)女王は 悲しげな表情でその光景を見つめている
(徳曼(トンマン)まで あと70歩)
目前に迫った毗曇(ピダム)
そこへ 月夜(ウォルヤ)と雪地(ソルチ)が到着する
『蹶張弩(クォルチャンノ)部隊 準備! 構え! …放てーーーっ!!!』
無数の矢をよけながら それでも毗曇(ピダム)は近づいてくる
わずかによけそこねた矢が 肩に 胸に 腹部に突き刺さりながら
血を吐きながら…
(徳曼(トンマン)まで… あと30歩)
朴義(パグィ)を 徳充(トクチュン)を 林宗(イムジョン)をなぎ倒し
毗曇(ピダム)はじりじりと迫りながら 進んでいく
(徳曼(トンマン)まで… あと10歩)
善徳(ソンドク)女王と毗曇(ピダム)の間に立っているのは
今や閼川(アルチョン)だけだった
キム・ユシンが駆け寄り 2人の剣が毗曇(ピダム)にとどめを刺した
血の涙を流しながら 虫の息の中で毗曇(ピダム)は何かをつぶやいた
ポロポロと涙を流しながら 善徳(ソンドク)女王はその最期を見届ける
崩れるように倒れ込んだ毗曇(ピダム)は
その目を見開いたまま息絶えた
忠誠を誓い 一斉にひざまずく兵士たちを前に
善徳(ソンドク)女王が 終息の宣言を出す
『反乱は 鎮圧されました
今後は皆 心を1つにし 同じ志を抱き 力を合わせて
網羅四方(もうらしほう)の道を突き進むのみです
すべての臣下と 花郎(ファラン)と 兵と すべての私の民に伝えよ
私の意志と 反乱の終結と それから 神国が1つであることを』
※花郎(ファラン):美しく文武両道に秀でた青年の精鋭集団
閼川(アルチョン)が立ち上がり 軍勢に向かって剣を振り上げる
『女王陛下 万歳!!!』
つづいてキム・ユシンが立ち上がり 高らかに万歳を唱えると
次々に立ち上がり 歓喜の叫びが本陣の中にこだました
目の前の毗曇(ピダム)の亡骸に目をやる善徳(ソンドク)女王は
その瞬間 突然に倒れ込む…!地面に横たわり 息絶えながらも
自分に向かって開眼している毗曇(ピダム)の視線が こちらを見ている
そのまま意識を失った善徳(ソンドク)女王が目覚めたのは 寝所だった
かたわらに万明(マンミョン)夫人が付き添っている
『陛下!気がつかれましたか?大丈夫ですか?』
『どのくらい経ちましたか?』
『三日三晩眠っておられました
なぜご病気のことを隠していたのですか』
『話したところでどうにもなりません』
『陛下 なぜそのようなことを…』
そこへ 閼川(アルチョン)が入ってくる
『陛下!気がつかれたのですね』
『はい 侍衛府令(シウィブリョン)苦労をかけました』
※侍衛府令(シウィブリョン):近衛隊の長
『陛下 何をおっしゃるのですか もう大丈夫です』
『今後も苦労してもらわねばなりません
空席である上大等(サンデドゥン)の職を命じる』
『……』
『これは王命です 従ってください 早く』
『陛下… 謹んでお受けいたします』
側近という意味においては 善徳(ソンドク)女王が最も信頼している人物であり
恋心ということを除けば 閼川(アルチョン)こそが
善徳(ソンドク)女王のすべてを知る人物だと言っても 過言ではないだろう
ようやく起き上がれるようになった善徳(ソンドク)女王は キム・ユシンに会う
『ユシン公 教えて下さい』
『陛下』
『毗曇(ピダム)は ユシン公の耳元で
確かに何か言っていました 何と言ったのです』
『恐れ多くて口にはできません ご勘弁ください
あまりに不敬なことゆえ お伝えできません』
『言ってください』
『なりません 口にできぬ言葉です』
『王命です 言いなさい』
『……毗曇(ピダム)はあの時…』
キム・ユシンは まもなく命が尽きようとしている毗曇(ピダム)が
最期に口にした言葉を伝えた
『“徳曼(トンマン)…” そう言いました』
善徳(ソンドク)女王は 毗曇(ピダム)と交わした会話を思い返す
「もう誰も 私の名を呼べない」
「私が… 私がお呼びします」
「私の名を呼ぶのは… 反逆行為だ
お前が恋心から私の名を呼んでも… 反逆者と見なされる」
それを知っていながら… 知っていたのに毗曇(ピダム)は
自分の名を最期に呼んでくれたのだと思うと 涙がこぼれた
『外へ出ましょう』
『はい』
『天と地すべてを この目に焼きつけます』
その言葉が何を意味するのか キム・ユシンには分かっていた
毗曇(ピダム)への涙を拭いながら そう言った善徳(ソンドク)女王であった
『荒涼としていますね』
『もうじき春が訪れ 花が咲き 新芽が出て緑にあふれます』
『春ですか 春… ユシン公』
『はい 陛下』
『多くの人が私を通り過ぎていきました ある者は私を守り
ある者は私と競い またある者は… 私を愛しました
そうして皆 去って行きました
結局最後まで残ったのは… ユシン公だけです』
『陛下』
『険しい道のりを ともに乗り越えてきました そなたのおかげです』
『恐れ入ります 陛下』
『ユシン公になら この神国と果たせなかった大業を
心から安心して託すことができます』
『陛下…』
『三韓一統を成し遂げねば…
ここに見える領土が誰のものになるか分かりません』
『分かっています』
※三韓一統:高句麗(コグリョ) 百済(ペクチェ) 新羅(シルラ)の三国統一
『ユシン公 私が初めて鶏林に来た日に 見た夢の話をしましたね
夢で私を抱きしめた女性が誰であったか 分かった気がします』
※鶏林:始祖神話に基づいた新羅(シルラ)の別称
『誰ですか 教えて下さい』
それから 長い年月が過ぎ去った
“善徳(ソンドク)女王の墓”の前に佇んでいる1人の老人
そこへもう1人 すっかり老いた武将が…
『閼川(アルチョン) 故郷に戻ったと聞いていたが』
『ユシン 話は聞いたぞ 激戦だったそうだな』
『激戦でない戦があろうか そなたは最後まで侍衛府令(シウィブリョン)だな』
満足そうに微笑みながら 閼川(アルチョン)がささやく
『陛下 ユシンが百済(ペクチェ)を滅ぼしました
次は 高句麗(コグリョ)です』
※百済(ペクチェ):三国時代に朝鮮半島南西部にあった国
※高句麗(コグリョ):三国時代に朝鮮半島北部で栄えた国
『陛下…』
長い年月を越えて キム・ユシンはあらためて善徳(ソンドク)女王が
生前に言っていた言葉を思い返した
「やっと分かりました 私を抱きしめ泣いていたあの人が
誰であったか分かったのです」
「陛下 教えて下さい 誰だったのです 乳母の昭火(ソファ)殿ですか
それとも 亡くなった王妃様ですか」
「ユシン公」
「はい 陛下」
「昔 一緒に駆け落ちしましたね 覚えていますか」
「……」
「また逃げましょうか」
「…とんでもございません なぜそのようなことを…」
天と地が見渡せる崖の上で ひと筋の涙をこぼした後
善徳(ソンドク)女王は その短い人生を終えた
「陛下…」
少しだけ首を傾げ 善徳(ソンドク)女王は静かに目を閉じている
だらりと下ろされた腕が もう動かないことを悟った時
キム・ユシンは涙ぐみ 空を見上げた
この世の見納めにと選んだ風景には 夕日が差し込み始めていた
初めて鶏林に来た時の光景である
少女の徳曼(トンマン)は ムンノを捜して歩き回っている
「まったく!ムンノはどこにいるんだ?」
白い服の女性が 突然に徳曼(トンマン)に覆いかぶさり抱きしめる
「ちょっと!何をするんです 放してください!」
突然に抱きついて泣いたかと思うと その女性は何も言わずに去っていく
徳曼(トンマン)は その背中に叫んだ
「待って!何で抱きついたんですか?答えてください!」
振り向いたその女性は…
善徳(ソンドク)女王その人であった…!
善徳女王(ソンドク)は 少女の頃の自分自身に心の中で語りかける
(徳曼(トンマン) これからつらい思いをする そして 悲しいこともたくさんある
愛する人たちを失い とても孤独な日々を送る
砂漠にいるよりずっと 荒れすさんだ日々だ…)
これから起こる未来の出来事を知らない少女の自分
善徳(ソンドク)女王は そのあどけない姿に涙する
「ねえ 誰なんです なぜ泣くの?」
(すべてを手にしたように感じるけれど 本当は何も手に入れていない)
「何なの?変な人!」
未来に向かって意気揚々と歩いて行く少女の自分
その背中に今一度 語りかける
(それでも耐えるのよ いいわね)
『耐えて… 耐え抜くのよ』
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